澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -403-
習近平主席の党内求心力の低下

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2019年)10月11日(〜12日)、習近平主席が訪印した。習主席は、インドのモディ首相と2度目の非公式会談を行っている。会談では、両国の懸案事項であるカシミール問題は取り上げられなかった。
 現在、習近平政権は「米中貿易戦争」の最中で、経済的苦境に陥っている。そこで、我が国(昨年、世界第3位の経済体)やドイツ(同4位)、インド(同7位)に秋波を送り、関係を強化するつもりだろう。
 さて、習近平主席は、インド人の学生、約2000人の作る漢字の人文字で、熱烈歓迎を受けた。ところが、なぜか学生達は、皆、習主席の仮面を着けて参加している。
 おそらく、彼らは、香港政府が10月5日に施行した「覆面禁止法」を強烈に皮肉ったのではないだろうか。インド人にも、英国流のブラックユーモアがあったのである。我が国では、なぜか、この事実があまり報道されていない。面妖である。
 訪印直後、12日、習近平主席はネパールを初訪問した。翌13日、習近平主席はネパールのオリ首相と会談した際に、「中国のいかなる地域であれ、何者かが中国の分裂をたくらめば、最後は粉々に打ち砕かれる」と警告した。
 香港・中国両政府に対する香港のデモ隊への牽制と見られる。
 だが、一部マスメディアは、しばしば台湾をも念頭に置いた発言だと指摘する。果たしてそうか。
 中国共産党は、1日たりとも台湾を支配した事はない。未だに、北京は「1つの中国」という“虚構”にすがり付いているに過ぎない。所詮、中国と台湾は別の国家である。
 今更、習近平主席が「中国の分裂を許さない」と台湾を威嚇しても、すでに中台は事実上、“分裂”しているのだから、意味がないのではないか。
 さて、習近平主席の党内での求心力が急速に低下している。それは、19期四中全会が2年近くも順延された事でも良くわかるだろう。
 その四中全会がようやく10月24日前後に開催されると伝えられている(中国経済、「米中貿易戦争」、香港問題、人事が重要テーマとなるだろう)。
 これまで、なぜ四中全会は順延されたのか。会議を開くと、習近平主席が「反習近平派」に集中砲火を浴びるのは必至だったからである。
 実は、党内の「反習近平派」は、3グループに分けられるという。
 第1は、政治局常務委員会の中で、習主席に不満を抱き、主席に反対を唱え、陰に陽に抵抗する人達である。
 第2は、「紅二代」(革命家2世)や「官二代」(官僚2世)中、習主席が彼らの頭越しにカネを稼いでいるので、主席に不満を持っている人達である。
 第3は、党内には、他の反対勢力・不協力勢力も存在し、党中央を攪乱し、さらには裏切り、海外に情報を漏洩する人達である。
 党内では「反習近平派」の勢いが増している。中国経済が悪化の一途をたどっているからである。それは、「米中貿易戦争」のせいだけではない。
 例えば、中国でBATと言われた3大IT企業―百度(バイトゥー)の李彦宏(ロビン・リー)、アリババの馬雲(ジャック・マー)、テンセントの馬化騰(ポニー・マー)―トップが次々と一線を退く事態となっている。
 習近平政権が「混合所有制」という民間企業と国有企業を合体させるという奇妙な社会主義政策を打ち出したからに他ならない。中国共産党が民間企業を“搾取”し始めたのである。これでは、民間企業のトップはやる気を失うだろう。
 実際、習主席の求心力低下は、香港問題でも明らかである。北京は、香港政府にデモ隊を鎮圧するよう圧力をかけた。だが、同政府は、依然、デモを収束できない。
 周知のように、10月に入るやいなや、香港警察は、実弾を使用する等、強硬な姿勢を見せている。まず、高校生の曾志健(18歳)の右胸を、次に、中学生の太腿を負傷させた。同月10日には、香港警察は、香港中文大学の女子学生、呉傲雪(24歳)から「警官に性暴力を受けた」と告発された。
 他方、同月13日、デモ隊は香港の獅子山に約4メートルの「自由の女神像」を掲げた。彼らは、死ぬ気で香港政府・中国政府に立ち向かっている。一説には、すでに香港では18人が自殺したという。
 同日、香港警察は警察車両の近くで、デモ隊による手製の爆弾が使用されて爆発したと発表した。ただし、香港警察の「自作自演」という可能性も捨て切れない。
 その3日後、香港立法会が久々に開催された。林鄭月娥行政長官が施政演説を行おうとしたが、「民主派」議員に猛抗議されて退出した。その直後、同長官はビデオ演説に切り替えている。
 10月15日、米国は連邦議会下院が「香港人権・民主法案」を全会一致で可決した。今後、上院で法案が審議される。米国は香港問題で中国に圧力をかけ続けている。