澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -412-
香港に隣接する広東省茂名市騒乱事件

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知の如く、今年(2019年)11月24日、香港で区議会選挙が実施され「民主派」が圧勝した。だが、「親中派」惨敗の選挙結果にもかかわらず、香港政府は依然、香港市民に対し耳を貸そうとはしない。
 そのため、選挙後、初めての週末、約38万人(主催者発表)のデモ集会が行われた。香港政府に、「5大要求」(その中の1つ、「逃亡犯条例改正案」はすでに撤回)を強く求めるためである。
 ただ、今後、香港市民が大規模なデモを敢行すれば、また香港警察(中国武装警察が多数紛れ込んでいる)や人民解放軍(「雪楓特殊部隊」)が、デモ隊を容赦なく弾圧するだろう。
 さて、香港区議会選挙実施からわずか4日後の同月28日・29日、今度は香港に隣接する中国広東省茂木市化州市文楼鎮(人口約6万人)で、騒乱事件が起きた。
 今年に入り、化州市人民政府は、文楼鎮中心部から十数キロメートルの場所に、1万5000平方メートルのエコパークを作るという案を発表した。
 そして、11月中旬、村民らはエコパーク建設賛成に署名した。お年寄りさえ、署名したのである。
 ところが、同月27日、人民政府は、突如、当地でエコパークの中に、火葬場も建設すると公表した。人民政府が村民を騙したのである。
 近年、中国人民も健康に関心が高まり、環境問題には敏感である。激怒した村民らは政府に対し立ち上がった。その中には、13歳にもならない少年も含まれている。
 実は、人民政府は、すでに村民の抗議を予想して、およそ1000人の特殊警察を待機させていた。実に手回しが良い。警察は抗議者に対し、装甲車、高圧水車、ヘリコプター、ドローン等でデモ隊を鎮圧している。
 28日・29日の両日で、2人の村民が死亡し、多数の負傷者も出たという。そして、村民約50人が警察に逮捕されている。
 今度の騒乱の際、村民らは口々に「時代革命、光復茂名」を高らかに謳った。まさに、香港の「光復香港、時代革命」("Liberate Hong Kong, the revolution of our times"「香港の解放、私たちの時代の革命」)の“茂名バージョン”である。また、「香港独立」をまねて「茂名独立」という言葉まで登場した。ある村民などは、香港市民に共感できると語っている。
 結局、化州市人民政府は、文楼鎮の火葬場建設に反対者がいるので、建設構想は撤回すると発表した。
 今回、香港のデモが大陸にも飛び火した形である。これは、同党にとって“悪夢”ではないか。特に、騒乱事件の起こった場所は、香港からわずか100キロメートルしか離れていない。
 中国史を紐解けば、大陸での革命は、しばしば南部(広東省)から始まっている。例えば、孫文の「中国革命」も広東省広州市から始まった。また、孫文の後継者、蒋介石も広州市から「北伐」を開始している。
 中国共産党は、(香港が火付け役となり)広東省に騒乱が発生すれば、中国全土に拡大するのではないかという恐怖心を抱いている。そのため、徹底的に武力弾圧を行う。
 しかし、同党は、「混合所有制」(活気のある民間企業と“ゾンビまがい”の国有企業を合体させる政策)で経済が破滅的危機を迎えている。いつまで武力だけで政権が維持できるのだろうか。
 ところで、11月27日(日本時間28日)、トランプ米大統領は、連邦議会上下院で通過した「香港人権・民主主義法」(以下、「香港人権法」)に不承不承署名した。
 たとえ、大統領が署名を拒否しても、いずれ上下院3分の2以上の賛成で、法案は通過するだろう。議案はどちらもほぼ全会一致で決定されていたからである。
 よく知られているように、トランプ氏はウクライナ疑惑で、議会から追い詰められている。仮に、下院で大統領の弾劾が行われても、上院で3分の2議席以上の賛成がなければ、弾劾は成立しない。
 もし、同大統領が「香港人権法」に署名しなければ、共和党議員が大統領から離れて行ったに違いない。だから、トランプ大統領は、どうしても共和党議員達の支持を繋ぎ止めておく必要があったのである。
 一方、現在、米中は「貿易戦争」中だが、トランプ氏は来年の大統領選挙をにらみ、好経済を維持しておく必要がある。だから、トランプ政権としては、習近平政権と貿易に関する話し合いで、多少妥協した方が米国経済にとってはプラスだった。
 けれども、「香港人権法」が成立したお陰で、米中経済対話の機会が失われたのではないか。
 これで、もし北京が“面子”を守るため対米経済報復すれば、自分で自分の首を絞め、結果的に、経済が壊滅状態に陥る。そのためか、12月2日、経済報復ではなく、米軍の艦艇や航空機が整備のため香港に立ち寄ることを拒否する措置を決定した。