澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -422-
連敗続きの習政権に新コロナウイルスの脅威

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 昨2019年11月24日、香港では区議会議員選挙が実施された。周知のように、同選挙では「民主派」が地滑り的勝利をおさめている。
 中国共産党は、この区議会選挙でなぜか「親中派」の勝利を疑わなかった。香港の「サイレント・マジョリティ」が暴力を伴う「民主化」運動に批判的だと信じていたのである。
 ところが、実際には、大半の香港人は「民主化」運動を支持していた。習近平政権は、完全に香港の状況を読み違えていたのである。そのため、「民主派」の大勝に、中南海(共産党幹部の住む地域)では“衝撃”が走ったと言われる。
 まず、香港で、中国共産党は一敗地にまみれた。
 次に、今年(2020年)1月11日、台湾では総統選挙・立法委員選挙が行われた。
 既報の通り、民進党の蔡英文総統が順当に再選を果たしている。
 実 は、選挙前、国民党は、およそ37万票の差で、韓国瑜候補が蔡総統に勝利すると予想していたという。しかし、蔡総統が史上最多票数の817万票を獲得し、韓候補は完敗した。また、立法委員選挙でも、国民党は、民進党の単独過半数の議席獲得を許した。
 結局、北京政府が国民党を支援しても、徒労に終わった。習近平政権は台湾の選挙でも敗北した。香港に続いて連敗である。
 更に、劉鶴副首相が米中貿易交渉のため、米国へ飛び、トランプ政権と通商交渉を行った。そして、米中は「第1段階」の合意に署名している(本来、経済担当の李克強首相が行くべきだったが、首相は、今、ほとんど権限を持たされていない)。
 その合意内容だが、中国側がほぼ一方的に米国側から譲歩を迫られ、押し切られたのである。
 今後2年間で、中国は、大豆や穀物、豚肉など米国産農産物を320億米ドル(約3兆5200億円)追加購入することを約束させられた。また、同国は2年間で2000億米ドル(約22兆円)相当の米国産品やサービス購入を増やすよう、米国から求められている。
 他方、米国は、昨年9月に発動した制裁第4弾の税率を現行の15%から半分に引き下げる。ただし、制裁の第1~3弾は据え置く。
 つまり、過去1年半に制裁対象となった中国製品、合計3700億米ドル(約40兆7000億円)のすべてに関税がかけられたままとなった。
 そのため、中国のネットユーザーから、劉鶴副首相は、日清戦争後、「下関条約」を締結した李鴻章(日本に台湾を譲る)と同じだと酷評されている。
 米中通商合意でも、習近平政権は米国に屈した形である。香港・台湾の選挙に続き、3連敗となった。
 さて、昨年12月、湖北省武漢市の海鮮市場から、突然、新型コロナウイルス(以下、「武漢肺炎」。2002年~03年のSARSと酷似)が発症した。
 その時点で、一部の医師は、この「武漢肺炎」が普通の肺炎ではなく、SARSに近いことがすでにわかっていたという。ところが、当局に逮捕・拘束されるのを恐れて、言い出せなかったらしい。
 今回、北京政府の対応は、前回(SARS)時よりも多少マシだが、相変わらず、当局の情報の出し方に疑問がある。最初、中国当局は「武漢肺炎」に関して「ヒト→ヒト感染」を否定していたが、ついに隠し切れなくなり、「ヒト→ヒト感染」を認めている。遅きに失した感が否めない。
 今年1月17日,世界保健機関(WHOの Collaborating Centre for Infectious Disease Modelling)と英国インペリアル・カレッジ(MRCの Centre for Global Infectious Disease Analysis)は、罹患者数は4000人程度と推計している。
 そして、1月20日、習近平主席が、直接「武漢肺炎」について談話を発表した。異例の対応である。いかに事態が深刻かを窺わせるだろう。
 一説には、「武漢肺炎」の罹患者中、重篤になる割合は14%、死亡率は4%だという。中国当局は感染者数が634人、死者数が17人(1月23日現在)と発表している。だが、中国共産党はしばしば過小報告する傾向がある。したがって、その数は、1桁ないし2桁異なる(多い)可能性も否定できない。
 1月23日、北京政府は、とうとう人民解放軍(ないしは武装警察)を投入し、武漢市を封鎖した。同市民や滞在者は、鉄道や飛行機をしばらく利用できない。高速道路も閉鎖されたので、彼らは他地域へ行くのが極めて難しくなった。
 1月25日から始まる春節(旧正月)を前にして、すでに、我が国だけでなく、香港、マカオ、韓国、台湾、タイ、シンガポール、米国にも「武漢肺炎」感染者(現時点では、ほとんどが中国人)が確認されている。今後、中国国内だけではなく、海外でも「武漢肺炎」が蔓延する公算が大きいのではないか。
 今年3月の全国人民代表大会(全人代)と政治協商会議を前にして、このような状況下で、習近平主席は、その責任を厳しく問われる事は間違いないだろう。