澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -433-
公表された数字に潜む中国経済の実態

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)3月16日、中国国家統計局は今年1月-2月の主要3統計を発表した。
 第1に、小売業の売上高が前年同期比で、20.5%減少した。「新型コロナウイルス」(いわゆる「武漢肺炎」。以下、「新型コロナ」)の感染が拡大したので、ヒト・モノの移動が厳しく制限され、全国の工場や小売店・飲食店が休業を余儀なくされている。
 第2に、工業生産は、前年同期比で13.5%の減少となった。主な業種はすべてマイナスである。市場予想は3%前後の減少だった。
 第3に、固定資産投資は、前年同期比で24.5%減少した。市場では、2%減が見込まれていたが、この落ち込み様は予想できなかっただろう。
 確かに、中国の景気悪化は直接的には「新型コロナ」に起因する事は間違いない。だが、そればかりではないだろう。2018年(以下、18年)と昨2019年(以下、19年)の数字を見てみたい。
 今年2月28日、中国国家統計局は19年の国民経済の主要統計を発表した(ここではGDPを取り上げる)。だが、18年のGDPと照らし合わせると、不思議な事に、両者の辻褄がまったく合わない。
 なぜ、このような矛盾した数字が披露されたのだろうか。理解に苦しむ。
 大雑把に言えば、GDPは消費(C)と投資(I)及びその他(貿易<輸出-輸入>)等で構成される。とりわけ、GDPの大きな割合を占める消費と投資が重要である。
 国家統計局によれば、18年のGDPは、90兆309億元(約1,372.1兆円)で、成長率は6.6%だという。その中で消費がGDPの76.2%(68.604兆元)、投資が32.4%(29.170兆元)を占める。また、モノやサービスの輸出は-8.6%(-7.743兆元)となっている。
 次に、昨19年のGDPは99兆865億元(約1,510.1兆円)で、前年比6.1%成長だという。また、GDPは消費が全体の57.8%(57.272兆元)、他方、投資が31.2%(31.915兆元)を占める。モノやサービスの輸出は11.0%(10.900兆元)となっている。
 しかし、19年の消費は57.272兆元、前年は68.604兆元なので、(インフレがまったくないと仮定して)単純比較すると、マイナス16.5ポイント下落している。
 他方、19年の投資は30.915兆元、前年が29.170兆元なので、6.0ポイントのプラスである。また、同年のモノ・サービス輸出は10.900兆元だが、前年は-7.743兆元なので、18.643兆元の増加である。
 刮目すべきは、GDPの最大の構成要因の消費が1年間でマイナス16.5ポイントも急落している点ではないだろうか。おそらく、この数字には誰もが驚愕するに違いない(昨年末の時点では、「新型コロナ」の影響がほとんど見られないはずである)。
 中国での景気停滞要因として、しばしば、「米中貿易戦争」や「アフリカ豚コレラ」(ASF)、そして「新型コロナ」に求められる。
 だが、習近平政権の経済・金融政策にこそ問題の本質が潜んでいるのはないか。
 2012年秋、習近平主席が登場して以来、これまでの「改革・開放」の鄧小平路線を完全に捨て、「第2文革」を始めた。経済よりも政治を優先したので、経済成長が難しくなったと考えられる。
 また、本来ならば、経済は李克強首相に任せるはずであった(それ以前は、江沢民―朱鎔基体制、胡錦濤―温家宝体制)。ところが、習主席が李首相の権限を奪い、権力を集中させた。そのため、経済に明るくない習主席の意向で経済・金融政策が行われている。
 とりわけ、2015年に習近平政権が導入した「混合所有制」は、活気のある民間企業とゾンビ、あるいはゾンビまがいの国有企業を合併した。当然、民間企業のトップは利益を最大限にすべく努力をやめている。どのみち、大半の利潤を共産党に吸い上げられてしまうからである。
 同時に、「反腐敗運動」という名の下、習近平一極集中体制を作るために、優秀な何十万、何百万もの人材を政治的に葬って来た。そのため、多くの官僚達がヤル気を喪失し、活躍する場を失っている。彼らは嵐が過ぎ去るのをじっと待っている観がある。
 更には、習近平政権下、政治がむやみに経済に介入するので、金融市場・株式市場・不動産市場が歪み、いわゆる「神の見えざる手」がほとんど作動しなくなった。中国共産党は自らを“神”だと自認しているから、マーケットに任せる事ができないのである。そのため、かつての社会主義国同様、需要と供給のバランスが崩れ、資源が適正に配分されていないのではないか。
 すでに、社会主義国が上手く行かないのは、歴史的にほぼ証明されている。もちろん、必ずしも資本主義が素晴らしいというわけではない。だが、社会主義的要素を取り込む事によって資本主義は強靭となり、生き延びていると考えられよう。