JFSSボストン・レポート(2020.3.28)
―武漢ウイルス感染拡大の影響―

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政策提言委員・元空自補給本部長(元空将) 尾上定正

 全米の爆発的感染拡大が止まらない。CNNの現況報告(現地3月28日9時現在)では、全米での感染者は102,702人、死者は1,590人で、既に中国を抜き10万人を突破した。トランプ大統領は初動の失敗を取り返すべく、毎夕記者会見に臨み、吸気器の国防生産法に基づく増産の状況等を自ら説明するとともに、閣僚や専門家の声を発信している。議会は医療・経済雇用等の救済対策に2兆ドルを投入する法案を何とか成立させたが、その成否は11月の大統領選挙に直結する。東京もオーバーシュートの瀬戸際で、世界中が新型コロナウイルス(WHOはCOVID-19、発生元から武漢ウイルス、米中のプロパガンダ戦からChina Virusなど)との戦いに全力を挙げている。
 
 思えば、2月下旬に一時帰国した際は、ダイヤモンド・プリンセス号の感染をどう処置するかが議論の中心であり、爆発的感染や医療崩壊などの危機感はほとんど無かった。2月26日に米国に帰還した際も検疫を受けるでもなく、普段の生活であった。その状況が一変したのが3月11日、日本が東日本大震災の9年目を迎えた頃と思う。筆者が所属するハーバード大学アジアセンターの仲間とお茶をしていた時に、大学当局から感染症への最初の対応方針が出た。その後は矢継ぎ早に、全寮制の学部生の寮からの退去、25人以上の集会(授業、セミナー、食事会等)の禁止、オンラインへ移行等の指示がでた。数日前にはハーバード大学総長ご夫妻も感染したとのメールがあり、マサチューセッツ州もロックダウンした(外出の自粛、レストランの営業停止など)。たった2週間ほどで世界が一変した。
 
 一昨日(26日)、所用があって研究室を訪れたが、車両もほとんど走っておらず、メモリアルホールも閉鎖されている(写真1)。ついでに大学構内を歩いてみたが、いつもは学生や観光客が溢れているヤードに人影はほとんどなく、住人のいない寮と青空は絵葉書のように美しくはあった(写真2)。目下大学の懸案は、学生の成績をどう評価するか、最大のイベントの卒業式をどのような形にするかだが、世界はより深刻な問題に直面している。
 
 Pandemicの恐ろしさは人が感染し重症化すれば死に至る病が急激に拡大することだが、それだけではない。グローバル化した現代社会は国境を越えた経済・金融・交通等のシステムによって支えられており、感染防止のため人の動きが止まれば国際社会全体が麻痺を起こす。麻痺を局限するにはグローバルな国際協調が必要だが、結局、国境によって感染を国内に封じ込め終息させることを各国指導者は優先せざるを得ない。権威主義的な国家と民主主義国家は国内対策の成果を主張し、国家体制の優位性と影響力という地政学的競争に陥っている。米国内では徐々にホームレスの姿が増えつつあり、治安悪化やアジア系住民に対するヘイトクライムの懸念から銃を購入する人が増えている。ウイルスは人体だけに止まらず、人の心にも感染し、その病毒は国際社会の様々なシステムを侵している。各国指導者が「ウイルスとの戦争」と言うのは誇大ではなく、まさしく人類がこの目に見えない敵との戦いにどのような形で戦い、克服するかによってパンデミック後の世界は決まるであろう。
 
 筆者は東日本大震災の直後、福島第一原発事故対応を支援するため、内閣危機管理センターに派遣された。放射線という目に見えない敵の恐ろしさと人間の無力さを感じつつ、大きな余震等による事態の更なる悪化に備えたことを思い出す。日本は放射線との闘いを今も続けているが、今こそ国民は当時のことを思い出して欲しい。新型コロナウイルスという同じく目に見えない敵は、日本だけではなく世界を感染させ、経済金融へのリスクに止まらず、地政学的な脅威となって今度は外から迫ってくる恐れが強い。安全保障の要諦は最悪に備え、考えられないことを考える(Think unthinkable)ことだ。1年後に延期された東京オリンピックを完全な形で実施するためには、世界中がこの見えない敵との闘いに勝つことが必要条件である。国民が強い危機感を持って国内の感染封じ込めに一丸となると同時に、日本が国際社会全体の取組みにおいて指導力を発揮することを願う。