澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -438-
「台湾有事」に関する2つの“誤解”

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知の如く、現在、中国・武漢発の「新型コロナ」が世界中に蔓延している。ごく一部の国を除いて、大部分の国々はその対応に苦慮している観がある。
 最近、米国艦隊で「新型コロナ」が流行り出した。そこで、一部の論者が、中国人民解放軍がその隙を突いて、台湾へ侵攻するのではないかと声高に唱えている。けれども、米軍同様、人民解放軍の中にも、「新型コロナ」が流行している公算が大きい。確かに、目下、一部の解放軍が東シナ海や南シナ海へ展開されているが、単なる“こけおどし”に過ぎないのではないか。
 中台の軍事バランスは、1990年代半ば以降、確かに中国へ傾いている。また、21世紀、中国の経済発展に伴って、中国共産党は軍事力を増強した。そのため、徐々に、中国軍兵力は台湾軍を凌駕している。
 しかし、一般に、攻撃側(中国)は、守備側(台湾)の3倍の兵力を必要とすると言われる。実際、中台の軍事力を比較するのは決して容易ではない。そして、両者の総合力(特に、制海権に多大なる影響を及ぼす航空優勢)をどのように見るかについては諸説が存在する。
 昨2019年の英国『ジェーン年鑑』の「世界の国別軍事力ランキング」(核戦力を除く通常兵器)によれば、中国は第1位の米国・第2位のロシアに次いで、第3位である(ちなみに、我が国は第4位のインドに次ぎ、第5位に位置する)。他方、台湾は第25位の北朝鮮に次ぎ、第26位となっている。
 しかし、現時点では、中国軍が台湾軍よりも3倍以上の総合的軍事力があるとは考えにくい。また、「大陸国家」・中国が、その海軍力を主力として、「海洋国家」・台湾へ攻め入るのは容易ではない。したがって、中国軍が台湾に奇襲攻撃を仕掛けない限り、台湾侵攻を成功させるのは難しいだろう。
 さて、中国軍が台湾侵攻するというシナリオを盛んに喧伝する人達には、「台湾有事」に関して2つの“誤解”があると思われる。
 第1の“誤解”は、1979年に米国で制定された「台湾関係法」の理解欠如から生じている。
 1954年12月に締結された「米華相互防衛条約」は、1979年12月で失効する予定になっていた。同条約が失効すれば、米台国交断絶後、米台関係は完全に切れ、米国は台湾の安全を保障できなくなる。
 そこで、米国は、1979年元旦、米中国交樹立に伴い、米国が「台湾関係法」という“国内法”で台湾の生存を保障した。
 同法は、米国が台湾との協定や条約でもなく、一方的に“国内法”で台湾人の生命と財産を守ると約束している。これは、ひとえに、米国が台湾を自国領土(準州)と見なしている証左ではないか。
 万が一、中国共産党が、台湾を侵攻しようとすれば、米国は間違いなく台湾を防衛するだろう。米国とすれば、中国軍の台湾侵攻は自国を侵略されたに等しいからである。中国軍の台湾侵攻を唱える人達は、この点をあまりよく知らない。
 次に、「台湾有事」に関する第2の“誤解”は、『孫子』を深く理解していないために生じる。
 中国共産党指導部は、頭の中に「孫子の兵法」しかないと言っても過言ではない。それに従って、中国国内はもとより世界においても、いかに生き抜くかを模索している。そのためには、嘘や偽計等、どんな手段を使ってでも敵(敵国)を欺く事が最重要課題である。
 ただし、「孫子の兵法」の“要諦”は「戦わずして勝利する」事にある。これを最上とする。日本人に有名なのは「敵を知り己を知れば、百戦危うからず(百戦百勝)」の方である。しかし、これはあくまでもセカンドベストに過ぎない。孫子は、干戈を交える事は良くないと教えている。
 そこで、孫子は情報戦を重視する。敵側にスパイを送り込むのは、情報戦で優位に立ち、「戦わずして勝利する」事を第1目標としているからである。そのため、昨今、北京は世界中にスパイを送り込んでいる。
 したがって、中国共産党は、人民解放軍で台湾攻略する事など、ほとんど考えていないだろう。北京は、台湾へ侵攻したら、米国が必ず出陣する事を百も承知しているからである。
 ましてや、「台湾有事」の際、我が国の自衛隊が「重要影響事態法」(かつての「周辺事態法」が2015年に改正された)により、米軍及び台湾軍を支援するだろう。
 場合によっては、「台湾有事」にインド軍やオーストラリア軍も米日台軍に加勢するかもしれない。ひょっとしたら、インド・太平洋に権益を持つ英仏軍も米日台印豪軍に参加しないとも限らない。
 では、ロシアが中国軍を助けるだろうか。答えはノーだろう。中国共産党は、以上の状況をよく知っているはずである。したがって、北京が台湾に対し侵攻する可能性はほとんどゼロと言えるのではないか。