澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -441-
リコール寸前の台湾の韓国瑜高雄市長

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 現在、台湾の韓国瑜高雄市長が、リコール寸前の状況にある。
 2018年11月の高雄市長選挙で、国民党の“落下傘候補”韓国瑜は、初め当地で無名がゆえに“泡沫”と見られていた。しかし、高雄市民は、韓国瑜のパフォーマンスに魅せられた。また、中国共産党からの強力な後押しで、韓は急速に支持を伸ばして行く。そして、韓国瑜は選挙で民進党の陳其邁候補を破り、同年12月に高雄市長に就任した。
 ところが、翌2019年春、韓国瑜は、翌年の次期台湾総統選挙に名乗りを上げたのである。まだ市長に就任して半年も経っていなかった。
 2019年7月、韓国瑜は、国民党の党内予備選で、郭台銘(鴻海創業者)を破り、正式に総統候補として選出されている。
 今年(2020年)1月11日、台湾では総統選挙が行われ、民進党の蔡英文総統が再選された。韓国瑜は惨敗している。そこで、高雄市民から韓が総統選挙に夢中で、市長の役割をしっかり果たしていないと見なされた。韓が総統選挙で勝利していれば、それは見逃されていただろう。
 高雄市の複数の団体が、韓国瑜が市長としての仕事をおろそかにしたとして、リコール運動をはじめた。リコールのためには、第1段階で高雄市有権者(約228万人)の1%の署名が必要である。同団体らはその署名をクリアし、第2段階の市民の10%以上の署名も得た。そして、4月17日、正式に6月6日(土)リコール投票が行われる運びとなった。
 もし、当日、リコール賛成票が反対票を上回り、その数が市有権者数の4分の1以上(57万票余り)ならば、台湾史上初の直轄市市長のリコールが成立する。現時点ではリコールの可能性が高い。
 実は、昨2019年前半の世論調査では、韓国瑜候補が蔡英文総統を圧倒的にリードしていた。しかし、同年6月、香港で大規模な「逃亡犯条例改正」反対運動(いわゆる「反送中」運動)が起きた。そのため、「親中派」と目される野党・国民党への支持が減り、中国と一定の距離を保つ与党・民進党への支持が増えたのである。
 かつて台湾の県市長が総統選に出馬した例が2回ある。
 1例目は、呂秀蓮が桃園県長(1997年3月〜2000年5月)だった時、民進党の陳水扁総統候補と共に、副総統候補として出馬した。
 1997年3月、呂は、前年11月の劉邦友桃園県長殺害に伴う補欠選挙に出馬し、当選している。1999年7月、民進党は総統候補の党内予備選を行ったが、陳水扁がライバルの許信良を破り、総統候補となった。その後、陳が呂秀蓮を副総統候補として指名している。
 その時点で、呂は桃園県長として、すでに2年数ヵ月が経っていた(普通、県市長の任期は4年。最大2期8年)。2000年3月、総統選挙が行われ、民進党の陳水扁・呂秀蓮ペアが勝利した。結局、呂は同年5月に副総統就任まで、桃園県長を務めている。
 2例目は、国民党の朱立倫新北市長(2010年12月~2018年12月)である。2010年11月、朱は新北市長選挙に出馬し、民進党の蔡英文候補を破り、初代市長に就任した。朱市長の総統選出馬は、再選後、すでに2期目に入っていた。実績は十分である。
 2015年春、朱立倫は、当時、国民党主席でありながら、翌年の次期総統選出馬を渋っていた。朱は、蔡英文候補に勝てる自信がなかったのである。
 そこで、洪秀柱が総統候補に名乗りを上げた。そして、洪がいったん正式な国民党総統候補となった。それにもかかわらず、同年10月、朱立倫は洪を総統候補から引きずり下ろし、自らが総統候補となっている。
 結局、2016年1月の総統選挙に、朱立倫は総統候補として出馬したが、蔡英文に敗北している。
 仮に、6月6日、韓国瑜高雄市長がリコールされ、罷免されたとしよう。すると、とりあえず代理市長が就任するだろう。その後、高雄市では補欠選挙が行われる。
 2018年11月、韓国瑜に負けた陳其邁が再出馬すれば、陳が勝利する公算が大きい。
 周知のように、昨年から今年にかけて中国武漢市で「新型コロナ」が発症した。今なお、世界中で「新型コロナ」が猖獗を極めている。目下、「新型コロナ」を制圧した蔡英文総統の最新の支持率は74.5%にものぼる。思えば、昨年冬の時点で、蔡総統は、支持率10%台であえいでいた。
 一方、国民党の退潮はとどまるところを知らない。同党が「台湾国民党」へ生まれ変わらない限り、その未来は暗いのではないか。また、中国共産党は、韓国瑜を支援して高雄市長に当選させた後、韓を総統候補まで押し上げた。だが、結果的に水泡に帰した観がある。