澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -442-
対米台強硬路線を煽る中国共産党「タカ派」

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)5月11日、人民日報の下部組織『環球時報』(英語版)は「中国では、米国との貿易合意を再検討すべきとの声が高まっている」というタイトルの記事を掲載した。
 中国政府関係者によれば、米国による中国に対する悪意のある攻撃が、北京政府の怒りを爆発させた。そこで、対米貿易問題への新たな交渉と報復を求める声が出ている、という。
 周知の如く、今年1月15日、トランプ米大統領と劉鶴副首相の間で、米中第1段階合意が締結された。1番の肝は、中国は今後2年間で、米国からのモノやサービスの輸入を2,000億米ドル(約21.4兆円)以上増やすという点である。実は、妥結当初から、中国国内には、劉鶴副首相が米国に譲歩しすぎたという批判があった。
 目下、それが「新型コロナ」をめぐり、(弾の飛ばない)「米中戦争」にまで発展している。
 さて、『環球時報』の編集長、胡錫進は元来、「タカ派」の論客として知られる。近頃、米ロ両国による新戦略兵器削減条約の継続協議が膠着状態に陥った。そこで、胡は、5月8日から2日連続で「中国は現役の核弾頭を米ロに匹敵する1,000発以上の水準に引き上げるべきだ」とする文章を発表した。
 また、胡錫進は主張の中で「中国が、すでに米国を1番のライバルとして策を練る中、わが国がまだ数年前、十数年前の米国の核の脅威に関する定義を持ち出して、今の係争を指導するとしたら、それは中華民族にとって大いなる悲哀だ」と述べている。
 胡錫進の記事が公表されたという事は、胡の主張が中国共産党内で支持されていると考えられよう。現在、習近平主席は党内で批判の矢面に立たされ、中国内外で強硬姿勢を見せないと習政権がもたない。そこで、胡錫進等の一部「タカ派」を使って、内外に強硬な態度を取っている公算がある。
 だからと言って、党内は、胡錫進のような「タカ派」ばかりではあるまい。習政権内でも、しばらくは米中が“協力”して世界をリードして行こうとする「ハト派」も存在しているはずである。両会を控え、北京政府は「タカ派」と「ハト派」の熾烈なせめぎ合いが行われているのではないだろうか。
 ところで、5月14日、トランプ米大統領は、FOXテレビで、中国の「新型コロナ」への対応に不快感を示し、習近平主席と「今は話したくない」と述べた。実際、米中第1段階合意後、まだ4ヵ月しか経っていない。したがって、トランプ政権としては更なる米中協議は考えていないのではないか。
 また、FOXテレビの中で、トランプ大統領は「米中断交」を匂わせた。習近平政権の「新型コロナ」隠蔽に対し、怒り心頭である。大統領は国内でも「新型コロナ」拡大で今秋の再選に狂いが生じた。今の米国の経済状況では、再選が危うい。
 他方、トランプ政権は、米国に忠実な台湾の世界保健機関(WHO)の総会参加に前向きな姿勢を取った。だが、5月18日から始まったWHO総会(オンライン会議)で、北京は「1つの中国」を理由に、台湾のWHOオブザーバー参加を拒否した。
 また、中国外務省は、台湾の蔡英文政権が「ウイルスを政治利用し、WHO総会への参加をあおり続けている」とした上で「目的はウイルスを名目に台湾の独立を図ることだ」と批判した。
 だが、中国共産党は1日たりとも台湾を支配した事がない。また、同島は実質的に「独立」している。したがって、「台湾独立」は、同党の単なる言葉遊びに過ぎない。
 ところで、近頃、別の面から、台湾が注目を浴びている。
 5月20日、再選された蔡英文総統と新副総統となる頼清徳(前行政院長)の就任式がある。我が国でも、中国共産党がこの時期を捉え、台湾へ侵攻するのではないかと危惧する声がある。
 しかし、人民解放軍が直接、台湾本島を攻撃する事はほとんどあり得ないだろう。すでに、台北の米在台協会(AIT)には、数は不明だが、相当数の米海兵隊ないしは米海軍が常駐しているからである。
 ただし、台湾が南シナ海で実効支配する太平島を攻撃する可能性は捨て切れない。だからこそ、最近、米艦隊が南シナ海を遊弋している。
 4月下旬、台湾軍の中に「新型コロナ」が流行った時期があった。ところが、蔡英文政権は「新型コロナ」の制圧に成功し、(5月18日現在)感染者数440人、死者7人にとどまっている。おそらく台湾軍の中には感染者は一人もいないだろう。
 一方、人民解放軍は、5月14日から7月31日まで、唐山港や京唐港で実弾での軍事演習を行うという。中国軍は台湾へ圧力をかけるつもりだろうが、中国東北部は「新型コロナ」の第2波に襲われている。軍がまともに演習をできるかどうか疑問である。