澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -443-
蔡総統2期目の就任式と中国全人代の開幕

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)5月20日、蔡英文政権の2期目が無事スタートした。海外から41ヶ国、92人の蔡総統への祝福のメッセージが寄せられた。同日、菅義偉官房長官が、総統に祝意を表明している。
 5月19日、ポンペオ米国務長官は、メッセージで蔡英文総統に祝意を表した(長官はその中で蔡総統を「総統」と呼んでいる)。この点について、台湾外交部(外務省)は、米国務長官が台湾の総統就任に祝賀メッセージを寄せるのは初めてだと言明した。更に、マシュー・ポッティンジャー(Matthew Pottinger)大統領副補佐官(国家安全保障担当)が流暢な中国語で、蔡総統へ祝意を示した。
 今回、蔡英文総統の演説で重要なのは、冒頭の「平和、対等、民主、対話」の表明と「1国2制度」受諾拒否ではないか。中国側は、台湾と“対等”な関係など考えられまい。同時に、習近平政権下では中国の“民主(化)”はあり得ないだろう。
 香港では、昨年半ばから「逃亡犯条例改正」反対運動(「反送中」運動)が起こり、今なお継続している。このような状況の中、大半の台湾人は「1国2制度」を忌避する気持ちが強い。今年1月、(中国と距離を置く)民進党の蔡頼ペア圧勝こそが、台湾の“主流民意”を示しているだろう。
 さて、中国共産党は、相変わらず奇妙な論理を持ち出し、蔡総統を非難している。同党は、世界に中国は1つしかなく、「台湾独立」を許さないと言う。確かに、中国は1つしかないが、現実に、台湾という別の国家も存在する。あくまでも「1つの中国」は“幻想”であり、実態にそぐわないのは明白だろう。
 周知の通り、中国共産党は、現在、台湾を統治していない。また同党が、過去に1日たりとも同島を統治した事実はない。台湾は台湾人が選挙によって自ら政府を形成し、同島を統治している。
 以前から我々が強調しているように、(国際法は別にして)実質的に“独立”している台湾が、今更、どこから“独立”する必要があるのだろうか。
 真の「台湾独立」とは、台湾の(1)国名変更と(2)新憲法制定である。そして、台湾が国連を含めたあらゆる国際機関に参加する事だろう。これこそが「台湾独立」の本当の意味である。
 ところで、中国共産党は、国内での「新型コロナ」蔓延のため、今年3月5日に開幕予定だった全国人民代表大会を5月22日まで延期した。全人代では、李克強首相が手短な「政府活動報告」を行った。
 同報告には、いくつかの注目すべき点がある。
 第1は、経済成長目標の数字がなかった。異例である。現時点においても、なお中国では「新型コロナ」が収束していない。そのため、国内の生産や消費の早期回復は難しい。また、貿易(特に輸出)に関して、世界経済が回復しない限り、中国の貿易も伸び悩む。
 以上から、中国経済の“V字回復”など望むべくもない。だが、一方、中国共産党は、1兆2,680億元(約19兆円)の軍事費を計上(前年比6.6%増)した。習近平政権は、世界制覇への夢を捨て切れない模様である。
 第2は、「政府活動報告」中、台湾に関して、従来の中台「平和統一」の文言がなくなっている。「平和統一」がないという事は、「武力統一」を目指すという意味なのだろうか。この点は、北京政府が「武力統一」を匂わせ、台北政府へプレッシャーをかけているだけではないのか。
 第3に、今回の「政府活動報告」では「92年コンセンサス」(「一中各表」=「1つの中国」の原則を堅持するが、その“中国”とは中国側、台湾側がそれぞれ中華人民共和国、中華民国とする)に言及していない(「92年コンセンサス」は実際に存在したかどうかも疑われている)。
 結局、「平和統一」にしても、「92年コンセンサス」にしても、その文言が消えたからと言って、すぐに台湾海峡で何かが起こるというわけはあるまい。
 既述の如く、中国経済は厳しい事態に陥っている。また、依然、中国国内の「新型コロナ」の収束が見えていない。したがって、習政権の足元は揺らいでいる。かかる状況下、北京は台湾への侵攻を考える余裕はないだろう。
 第4に、「政府活動報告」では、香港の民主化運動を厳しく制限する香港版「国家安全法」導入を示唆した。そのため、香港の「民主派」は戦々恐々としている。
 「国家安全法」の成立によって、香港の「1国2制度」が確実に「1国1制度」へと変貌するだろう。この法律に従い、香港には「国家安全機関」が創設され、民主化運動が更に抑圧されるに違いない。
 そこで、米英、とりわけトランプ政権は、盛んにこの法案を牽制している。今後、「国家安全法」成立後、香港がどうなるのか予断を許さない。