澁谷司の「チャイナ・ウォッチ」447
第13期全人代第3回会議後の中国内外情勢

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 既報の通り、今年(2020年)5月28日、第13期全国人民代表大会(第3回会議)の記者会見で、李克強首相が「昨年、中国のGDPは約630兆円で、中国には月収1,000元の人が6億人いる」と暴露した。これは明らかに習近平主席に対する当て付けだろう。
 6月1日、李克強首相は、山東省煙台市の古い集合住宅を視察し、「屋台経済、小規模店舗経済は重要な雇用の源であり、中国の生命力だ」と語った。そして、李首相は「露天商経済」を称賛している。
 けれども、今まで当局は、露店商を蹴散らしてきた経緯がある。とりわけ、(鄧小平路線を捨て)社会主義路線への回帰を目指す習近平主席は、この(資本主義的)「露店商経済」の発展を好ましく思っていない。今後、習主席と李首相との党内バトルは、どのような決着を見るか予断を許さないだろう。
 さて、翌2日には、中国共産党内で「習解任を協議する会議」が開催された。その中で、中国共産党中央党校の蔡霞教授による「中国共産党は『政治的ゾンビ』であり、習主席はギャングのボスになった」という音声がリークされた。党内で、このような会議が開催される事自体が異常だろう。これは一種の“クーデター”とも考えられる。
 その2日後の6月4日は、天安門事件31周年記念だった。周知の如く、5月の全人代では香港版「国家安全法」導入が決定された。当日、香港では、「新型コロナ」感染拡大を予防するためと称して、大規模なデモは禁止されていた。それにもかかわらず、香港では約1万人デモが行われている。
 今後、「近代化」された香港人は、自由と民主のために決死の覚悟で「前近代」的習近平政権と対決するだろう。
 実は、同日、スペインに住む中国サッカー界のレジェンド、郝海東が妻の葉釗頴(バトミントンの世界チャンピョン)と共にYouTubeで「中国共産党の打倒」と「新中国連邦」成立を世界に呼びかけた。極めて異例である。
 一方、翌6月5日、「対中政策に関する列国議会連盟」(“Inter-Parliamentary Alliance on China”)が結成された。我が国をはじめ、アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・ドイツ・ノルウェー・デンマークの8ヵ国(プラスEU)、18人の代表議員で構成される。
 米国からはマルコ・ルビオ上院議員(共和党、フロリダ州選出)等、日本からは中谷元・元防衛大臣(自民党)、山尾志桜里衆議院議員(無所属)などが参加している。ただし、問題は、この動きが各国議会のほんの一部議員止まりで終わっている点である。各国の議会全体に拡がらない限り、中国政府への圧力にはなりにくいのではないだろうか。
 翌6日、台湾高雄市では韓国瑜市長に対するリコール投票が行われ、即日、開票された。リコールには、有権者約230万人中、約57.5万人(その4分の1以上)の同意が必要である。
 リコール運動を展開した市民団体は、韓国瑜が市長選の際に「総統選には出ない」と明言して当選したが、韓市長は「その公約を破って出馬している」と批判した。また、同団体は、総統選期間中、3ヵ月も休職するなど韓国瑜が「市政を軽視した」としてリコールを訴えてきた。
 結局、投票率は42.14%、圧倒的賛成(93万9,090票)で同市長は解職という結果に終わっている(反対はわずか2万5,051票)。
 中央直轄市長のリコールは台湾政治史上初めてである。韓国瑜の解職から3ヵ月以内に市長選が実施される。ただし、韓は、4年間、同市長選に出馬できない。
 2018年11月、台湾統一地方選挙の際、習近平政権は韓国瑜を支援した。北京にとって韓国瑜のリコールは痛手だったのではないだろうか。
 これら中国内外での動きの中、6月7日、北京政府は(武漢肺炎ウイルス白書)『新型肺炎の流行に対する中国の行動』を発表した。
 前言、本文、そして終末語を含めて約3万7,000華字である。本文は(1)中国での伝染病撲滅の険しい旅程(2)制御と治療の2つの戦場での共同作戦(3)疫病に対する強力な抵抗力を結集(4)人類保健健康共同体を構築—―と4つに分けられる。
 その中で、中国共産党は、我々は新型肺炎流行を制圧し、かつ、他国に対し、マスクや防護服を送ったと自画自賛している。他方、李文亮医師(昨年末、いち早く「新型肺炎」に関して警告を発したが、当局に制止される。まもなく病死)への言及はないという。
 ところで、今年5月、ヒマラヤ・パンゴン湖の中印国境で、中国軍とインド軍の兵士が大規模な殴り合いを行っている。そのため、一時、両国の緊張が高まった。だが、6月に入り、中印間で和解交渉が進められたというが、依然、先行きは不透明である。
 これも習近平政権の「戦狼外交」の一環なのだろうか。