澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -451-
中国による東アジア「侵略ドミノ」の可能性

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)6月30日、中国全国人民代表大会常務委員会で「香港国家安全維持法」が採決された。同法では、香港で次の行為が厳しく禁止されている。
 (1)「香港独立」運動(2)反政府運動(3)暴力行為や威圧行動等のテロリズム(4)香港に介入する外国勢力との結託。最高刑は無期懲役で、香港人のみならず外国人を含むという。早速、翌7月1日(香港の中国返還23周年)から施行された。
 中国共産党は、この法律制定で、50年間、香港の「高度な自治」を謳った国際公約(「中英共同声明」と「香港基本法」)を簡単に破ったのである。これで香港の「1国2制度」は事実上「1国1制度」へ変貌する。香港の終焉と言えよう。
 実際、今の北京政府はその政権基盤が脆弱である。そのため、その弱さを覆い隠そうとして、対外的強硬路線(「戦狼外交」)を採っている観がある。
 香港は確かに中国の一部分なので、中国共産党は強気に振る舞っている。この度、習近平政権が「香港国家安全維持法」を成立させたのも、「戦狼外交」の一環と言えるかもしれない。
 だからと言って、今度は人民解放軍が台湾へ侵攻し「中台統一」という“悲願”を成就しようとするだろうか。あるいは、同軍が我が国の尖閣諸島を奪取しにやって来るだろうか。
 日本の一部ジャーナリスト・軍事評論家らは、香港の次は台湾・尖閣だと騒ぎ立てる。だが、このような中国の「侵略ドミノ」は、短絡的でリアリティに欠けていよう。
 周知の如く、中国共産党は、長年、常に台湾侵攻の構えを見せてきた。だが、1979年4月、米国は「台湾関係法」を成立させている(同年末、「米華相互防衛条約」が切れる寸前だった)。この難解な法律は、米国があらゆる手段を用いても台湾人の生命・財産・人権を守る事を示唆している。
 一昨年(2018年)6月、台北市に米国在台協会(AIT。事実上の米大使館)の新庁舎が落成した。その後、AITにいつから米軍が常駐するのか注目を浴びた。けれども、昨年(2019年)4月、AITは、すでに2005年(ブッシュ・ジュニア政権の時代)から米軍(陸海空と海兵隊の現役軍人)が警備のため台湾に常駐していたと公表したのである。
 他方、今年6月29日、『台湾英文新聞』(Taiwan News)は、米陸軍精鋭部隊「エクセレンス」(Excellence)と台湾陸軍が過去数十年にわたり「Balance Tamper」というコードネームで、毎年、一緒に軍事訓練を行っていたと報道している。
 この2つの事実は、中国・台湾研究者にとって、晴天の霹靂だったに違いない。無論、両者共に軍事機密なので、知る由もないだろう。以上のように、米国は、1979年、米台国交断絶後、台湾防衛に心を砕いてきた。
 したがって、香港の次は台湾という中国による単純な「侵略ドミノ」論には、与みできない。それを声高に叫ぶ人達は、人民解放軍の駐屯する香港と米軍の駐屯する台湾の区別ができていないのではないだろうか。
 ちなみに、台湾軍の対中国の“切札”は中距離ミサイルによる“三峡ダム攻撃”である。ダムは中国の“アキレス腱”となっている。そうでなくても、近い将来、三峡ダムが自然決壊する公算が大きい。
 次に、尖閣諸島だが、これは日本の領土である。万が一、中国軍が同島を奪いに来れば、日中戦争の勃発となる。
 歴史的に、日本軍が中国軍に負けた事は、663年の白村江の戦い以外、一度もない(日中戦争では、日本軍は中国軍に対し戦闘自体には勝っていた。だが、結果的に、米国の参戦で敗北している)。他方、海洋上での戦いは、「海洋国家」の海上自衛隊が、「大陸国家」の中国海軍より有利ではないか。
 更に、米国も尖閣諸島については「日米安全保障条約」の対象範囲なので、必ず自衛隊を支援するだろう。したがって、尖閣での日中の戦いは日本が勝利する可能性が高い。
 万が一、(中国漁民と称する)中国軍が尖閣へ上陸したとしても、その周りに機雷をまくという奇策がある。すると、彼らは全く尖閣内外で活動ができなくなるだろう。もし、中国が尖閣に物資等を空輸するならば、自衛隊がドローン等を使って、中国のヘリや貨物機が尖閣に近づくのを阻止すれば良いのではないか。
 また、石原慎太郎元東京都知事が、尖閣への(秋田県と山口県に配備される予定だった)イージスアショア敷設を提言した。そのアイデアも奇抜である。
 結局、習近平政権が、実際に対外戦争(対台湾・対日本・対インド)を行えば、中国共産党政権自体の存続が危ぶまれるだろう。目下、党内の権力闘争が熾烈である。また、同国経済は、今後、更に厳しい状況に陥るからである。
 以上の理由から、中国の「侵略ドミノ」は極めて考えづらいのではないか。