澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -454-
三峡ダムの終焉を宣言した中国メディア

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)7月13日、中国メディア『当代廣播站』(仮訳『現代放送局』)は、三峡ダムが長江下流域の洪水を防ぐため「最善を尽くした」と吐露した。同時に、ダムの下流に位置する湖北省東部の洪水については、「どうする事もできない」と続けている。これは、事実上の「三峡ダム終焉宣言」とも言えよう。
 実際、湖北省東部では、広範囲にわたり農作物が浸水し、養殖産業も打撃を受けている。さすがに、中国共産党も、長江流域各地で大洪水が起きているので、事実を隠し切れなくなったのではないか(直近では、黄河流域でも洪水が生じている)。
 習近平政権がこのような同党にとって不利な発表を止められないのは、共産党内部で、「習派」と「反習派」の激しいせめぎ合いが行われている証左だろう。
 さて、習政権は宣昌市上流の四川省や重慶市で小規模ダムを決壊させ、同省・同市に洪水を起こした疑義が持たれている。長江に多量の水が流れ込み、下流にある三峡ダムを守るためだろう。
 一方、後述するように、共産党は三峡ダム決壊を防ぐため、ダム貯水池から放水して、長江下流の武漢市をはじめとする諸都市で故意に洪水を起こしている。
 三峡ダム決壊は中国共産党政権の終わりを意味するからだろう。
 さて、周知の如く、昨年来、三峡ダムの変形した画像が中国国内外のSNS上に出回り、ダム決壊への懸念が高まっている。
 『ラジオ・フランス・アンテルナショナル(rfi)』の「大洪水が相次ぎ、三峡ダムの変位変形が問題となる」(2020年7月20日付)という記事によれば、7月18日、新華社は三峡ダムで「変位、浸透流、変形等」が発生を認めたと指摘している。
 他方、新華社の「『長江2020年2号洪水』が平穏に通過」(7月19日付)という報道によれば、大雨の影響で、同月17日、今年2度目の洪水が長江上流で発生したという。
 三峡ダム貯水池への流入量が急速に増え、翌18日8時現在、毎秒当たり6万1,000立方メートルである。貯水池からの流出量は秒速3万3,000立方メートル、三峡ダムの水位はすでに160.1メートルに達し、警戒水位を15メートルも上回っているという。
 しかし、新華社は詳細なデータを明らかにせず、「通常範囲内にある」(=ダムの防水建築物の安全指標は安定)と強調している。
 今年7月19日付『看中国』の「中国の公式メディアが認めたか?三峡ダムの『変位、浸透流、変形』」という記事は、次のように伝えている。
 中国の洪水問題を研究している米アラバマ大学の地質学教授デビッド・シャンクマン(David Shankman)は、中国当局が三峡ダムを建設した主な理由の一つは洪水を防ぐためだったという。だが、シャンクマンは、今年のような深刻な洪水を防御することはできなかったという実情を明らかにした。
 中国の地質学者の范暁氏も、三峡ダムの貯水量は今回の洪水量の9%に満たず、上流の洪水を部分的かつ一時的に防ぐことはできても、長江中、下流域の大雨による洪水を止めることはできないと主張している。
 また、7月18日付『看中国』「三峡ダムが『全力放水』国民を犠牲にしても三峡ダムを守る、最前線治水スタッフが内幕を暴露」の記事では、『今日のインド(India Today)』(7月13日付)は、最近、退役したビナヤック・バット(Vinayak Bhat)大佐が「中国の(三峡)ダムはどのようにして武漢洪水を一層悪化させたのか?」の論文で提供した三峡ダムに関する衛星画像を掲載した。
 7月9日の衛星画像によると、三峡ダムはすべてのゲート口を開き全力で放水していることが確認できる。他の1枚の衛星写真から、6月24日朝、三峡ダムがいくつかの主要なゲートを開けて排水したのが見える。なお、中国当局は6月29日になって初めて三峡ダムの放水を公に認めたという。 
 他方、ドイツ在住の三峡ダムの専門家王維洛氏は、「今年の長江の洪水はすべて人為によるものだった。長江流域におけるすべての貯水池やダムの水位と流量は中国当局によって統一管理されている」と述べた。
 王維洛は 続けて、「例えば、長江の水が(江西省北部の)鄱陽湖に逆流したのは長江水利委員会の仕業だ。洪水は中国共産党が人為的にコントロールしたものであり、単なる天災ではない」と断言した。  
 結局、習近平政権は三峡ダムを死守するため、同ダム上流のダムを決壊させ四川省や武漢市を犠牲にし、更に、三峡ダムの水量を調節し、下流の武漢市等の諸都市および長江流域を犠牲にしているのではないか。
 ひょっとすると、三峡ダム同様、上海市も死守する対象になっているのかもしれない。だが、同市もすでに浸水が始まっている。