誰が韓国をこんなに住みにくい国にした

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顧問・元大韓民国駐箚特命全権大使 武藤正敏

 私の本の出版社は、文在寅氏が大統領に当選した日に私が校了した本のタイトルを「韓国人に生まれなくてよかった」と付けた。私が以前ダイヤモンドオンラインに書いたときには韓国は努力しても報われない社会で大変だという趣旨だったため、朝鮮日報などでも多くの読者から、そのタイトルは別として、内容については納得していただいたようである。
 しかし、私の本に同じタイトルを付けた時には、元大使が駐在した国のことを書いた本に、このようなタイトルを付けるのは誠に不謹慎であると多くのご批判をいただいた。この批判は当たっているが、私がこの本を書いた思いは、決して韓国を誹謗中傷することではなく、文在寅氏の政治は韓国の人々を不幸にするだろうと予想したからである。
 残念ながら私の予感は的中した。文在寅氏の韓国は北朝鮮に追従するばかりで韓国の安全保障を蔑ろにしている。文政権の人々は、現在の韓国は平和だというが、北朝鮮の動き如何ではいつでも脅かされない平和である。
 また、内政では国内融和を図るよりも対立を煽り、こうした左派政権を永続化させ、保守派を締め出そうとしている。
 こうした文在寅政権の体質(私の著書『文在寅の謀略――すべて見抜いた』参照)についてはこれまで何度か寄稿しているので、今回はむしろ日常生活における韓国国民の不幸という側面に絞って解説したい。
 
見せかけだけの「雇用大統領」
 文大統領は16日、国会式開院式に出席し、演説を行った。文氏は「経済でも韓国は他国より相対的に善戦した。世界経済のマイナス成長の中、OECDのうち韓国の経済成長率が最も良好」「政府の果敢で前例のない措置が中小企業保護と雇用維持に寄与し」「輸出・消費・雇用などで経済回復の流れが見え始めた」と希望に満ちた展望を語った。
 しかし、15日統計庁が発表した「雇用動向」では、青年失業率は10.7%と1999年の統計作成以降最悪となっている。新型コロナの影響を最も受けたのが青年層であり、青年の失業問題の深刻さは、青年に求職活動を諦めさせるほどになっている。洪楠気基(ホンナムギ)副首相は、文大統領の楽観論とは異なり、良質の職場が多い製造業の雇用が減少していることに懸念を示した。
 韓国の雇用状況の悪化は、青年層だけにとどまらなくなってきた。韓国経済の中軸を支える40代の雇用率が最低水準にまで落ち込んでいる。6月の40代の雇用率は76.9%で、政権発足時の2017年の79.8%から毎年下落している。男女別では40代の男性の雇用率は89.7%と21年ぶりに90%を割り込んだ。特に40代の高卒が、就業者減の大半を占めた。40代の雇用不振の原因は製造業の低迷と関連している。
 文大統領は韓国経済の就業状況は良好であるという。財政支出で高齢者向け短期のアルバイトを増やすことで、見せかけ上の失業率は低く抑えられているからである。しかし、重要なことは、家計を支える中堅層、未来を担う青年層の良質な雇用が次々に奪われていることであり、韓国の家計はますます火の車になっていくということである。
 そもそも良質な製造業の雇用が減少したのは、反企業的な韓国政府の政策、最低賃金の無計画な大幅引き上げである。
 30年間ソウルで勤務したグローバル金融のCEOは、「国際資本が韓国経済に興味を失っている」という。韓国経済の根本的問題は主要産業の国際競争力の低下であり、財政に頼り切り構造改革に背を向ける韓国経済に未来はないというのである。韓国版ニューディール政策を打ち出してはいるが、規制改革と労働組合よりの労働政策の転換なくして成功は難しいであろう。これでは新型コロナ後も良質の雇用の創出は遅れるばかりであろう。
 良質な雇用が失われていく社会。それは就職、恋愛、結婚、出産、マイホーム、夢、人間関係という人間として生きていくために重要な希望を失った、「7放世代」(前述の著書参照)と呼ばれる若者がますます増えていくことを意味する。そして、40代からの名誉退職と呼ばれる失業。生活にあえぐ老後、文在寅政権になってから韓国の厳しい現実はますます、多くの人々に近寄ってきている。
 
マンハッタン並みの不動産価格
 「ニューヨーク・マンハッタンより高い江南(カンナム)アパート」という言葉は冗談とも思えない。ソウル瑞草区盤浦(ソチョグバンポ)の漢江の見える80㎡のアパートは24億5,000万ウォン(約2億1,750万円)で取引された。1坪当たり1億208万ウォンとなる。ニューヨーク・マンハッタンのハドソン川が見えるアパートは坪当たり1億750万ウォンだから殆ど変わりない。因みに2018年の1人当たり所得は米国が6万2,152ドル、韓国が3万2,774ドルでほぼ2倍の開きがある。今年は、マンハッタンの不動産が新型コロナで過去にないほど下落しているので順位が入れ替わる可能性がある。
 ソウル市内のマンションの平均価格は9億2,000万ウォン(約8,200万円)であり、これは文政権発足時の6億600万ウォンと比べ、3億ウォン以上値上がりし1.5倍以上になっている。平均価格の住宅を購入するためには24年働く必要があり、これは米国の10.76年の倍以上である。ソウルの若者は「一生、家なんか買えない」と嘆き、絶望しているという。まさに「7放世代」の若者である。韓国では男が家を持てなければ結婚も難しくなる。
 文在寅氏の支持率がここにきて下落が止まらない主な要因の1つが不動産政策である。文氏は青瓦台の会議で「最大の民生(国民生活)の課題は不動産対策」だ、と述べた。与党・共に民主党と政府が検討している不動産対策の骨子は、複数住宅保有者に対する不動産取得税や総合不動産勢、不動産譲渡所得税などである。さらに2戸以上の住宅を保有する幹部公務員に対し、速やかな売却を指示した。
 しかし、供給を増やすことで価格の安定を図る根本的な対策は遅れている。文氏は、20日未来世代のためグリーンベルト(開発制限地域)を解除しないとし、再建築・再開発規制の緩和と容積率上積みについても言及しなかった。このような付焼刃的対策の効果は限定的というのが多くの専門家の見方である。
 「文政権になって住宅価格を抑えるとして22回の不動産政策を実施したが全部失敗した。これほど長官が無能なら他の政権では新しい人を連れてくるが、なぜ失敗した長官をそのまま置いておくのかわからない」。文政権になって不動産価格が1.5倍となり、若者に不動産購入を諦めさせ7放世代を増やす政権。支持率が下がるのも頷ける。
 
飲み水も心配な韓国
 水道水から生きている幼虫が発見されたという住民の通報が、仁川市を中心にソウル市、京畿道・釜山市・忠清北道清州紙など合計734件あった。これだけ全国規模で水道水汚染の問題が広がっていることに、政府や自治体の水道水管理システムに関する不信感が募っている。
 丁世均(チョン・セギュン)首相は、趙明来(チョ・ミョレ)環境部長官に全国の浄水場484ヵ所の緊急点検を指示した。
 しかし、今先進国でこのような幼虫の問題が生じること自体、行政のタガが緩んでいると言えるだろう。文在寅政権が運動圏でトップを占めている状況で、行政のやる気を失わせているのが根本的問題と思われる。
 
政権批判が許されない国、韓国
 文政権の強権政治もここまで来たのか。朝鮮日報は「政権を批判して対抗すると起訴、有罪、逮捕、免職、許可取り消しされる国」というタイトルの社説を掲載した。
 文在寅氏は「我が国の民主主義はさらに大きく、さらに強固に成長している。他人をうらやむ必要がないほど成熟した」と述べている。
 
どちらが真実か。事実関係を確認したい。
韓国統一部は北朝鮮に対するビラ撒きを主導してきた脱北者団体に対する設立許可を取り消した。大学キャンパスで大統領を風刺する壁新聞を貼った20代の青年は建造物侵入の罪で有罪判決を受けた。大統領の側近を捜査していた検察幹部32人が一斉にポストから外された。与党は5.18民主化運動(光州事件)に対し、虚偽事実を流布すれば刑務所送りにする特別法の制定を目指している。
 一時韓国で流行していた言葉で「ネロナムブル」(前述の著書参照)という言葉があった。「身内に甘く、ライバルには厳しい」「私がすればロマンス、他人がすれば不倫」という意味である。こうした言葉が流行した背景には文政権のダブルスタンダードがある。尹美香(ユン・ミヒャン)元正義連の理事長が、元慰安婦から告発されても庇う、政府与党。朴元淳(パクウォンスン)ソウル市長のセクハラについても批判が収まるまでだんまりを決め込む、政府与党。
 現在の韓国は、文在寅支持者でなければ住みにくい国である。そして文在寅氏の北朝鮮追従政策や社会主義化政策が韓国の未来にとってラスにならないものであれば、韓国国民はどうすればいいのか。
 
朴ソウル市長セクハラ被害者の2次被害
 故朴元淳市長がセクハラをしたと訴えられる1ヵ月前、市長はソウル市幹部と共に「被害者中心主義事件処理」というテーマで、男女間の性に対する認識・性差別を考慮するという「性認知感受性」に関する教育を受けていたことが判明した。しかし、市長と市幹部の実際の行動と対応は異なっていた。それから1ヵ月後に朴市長は秘書のAさんから告訴されているが、要するに教育を受けたのちもセクハラは続いていたのであろう。そして市幹部は、「朴市長はそのような人でない」と、訴えは黙殺された。
 被害者の味方になる人は政府・与党、ソウル市のどこにもいないようである。青瓦台、共に民主党、ソウル市、女性家族部、警察、検察、の誰も被害者に手を差し伸べようとしない。
 ソウル市のジェンダー補佐官は被害者より市長側で活動し、女性家族政策室長は被害者側の記者会見を延期させようとした。市の幹部は「女性団体の言いなりになってはいけない」と懐柔した。
 警察は被害者の告訴内容を流出させた疑いが持たれている。そして警察、検察共に捜査の革新に触れるのを控えている。
 女性に対するセクハラ問題は、いま世界でも最も批判される問題である。しかも、最もセクハラとは縁のない人物と目されていた朴市長のセクハラは韓国の社会に深く根を下ろした問題として取り組んでいくべき問題である。しかし、朴市長が政権に近い人物であるということでこれを黙殺し、むしろ被害者が告発したことを責めるような風潮、これ以上問題が広がらないように被害者の口封じを行う政権筋。このような「ネロナムブル」が横行する韓国は公平な社会とはとても言えない。
 文政権は国内の対立を煽っている。朝鮮戦争で、国を救った英雄ペクソンヨップ将軍を戦友の眠るソウルの顕忠院に埋葬させない、文在寅政権の冷たい仕打ち、反対にセクハラ加害者の葬儀をソウル特別市葬として行う文政権の温情。あまりにも違いすぎる文政権の対応に驚かされる。
 韓国では、文政権支持者でなければ住みにくい。私は明らかに反文である。「韓国に生まれなくて本当によかった」と思っている。