澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -455-
戦争準備体制の整っていない習近平政権

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)7月、米中が双方、1総領事館ずつ閉鎖する事態となった。
 まず、米国が中国に対し、テキサス州ヒューストンの総領事館閉鎖を命じた。ヒューストンには、ジョンソン宇宙センター(NASA)が存在する。米国政府の説明では、同総領事館はスパイ行為の拠点になっていたという。おそらく北京政府はヒューストンの総領事館を通じて、NASAの機密情報を収集していたのではないだろうか。 
 一方、中国共産党も、米国への対抗措置として、7月27日までに成都の米総領事館閉鎖を命じた。
 この米中一連の動きを見て、一部のジャーナリストは「米中戦争」の勃発を示唆している。だが、思考が短絡的過ぎるのではないか。米中がこの程度の摩擦で、戦争を起こすはずはないだろう。
 一般的に、国家間で“冷戦”から“熱戦”に至るまでには、様々な段階(レベル)を経る。それらを一足飛びに超えて、“熱戦化”する事は極めて考えにくい。
 仮に、米中のような超大国同士が“熱戦”を行うとしよう。それが、南シナ海等の局地戦に止まれば良いが、(核戦争を含む)全面戦争となれば、双方が破滅するだろう。それどころか、地球全体が壊滅する恐れもある。
 元来、戦争とは、国家の命運を賭けた一大事である。理性的な思考を持つトップが、突如、クレイジーになり、その人間を周囲が止められなくなった時、戦争は起こるかもしれない。しかし、いやしくも大国を預かるトップが、突然、戦争を起こす事は、国際政治の常識ではあり得ない。
 もし米中双方が大使館・領事館を全て閉鎖するならば、戦争間近と考えられよう。だが、1総領事館を閉鎖するレベルで、即、戦争が起こるという議論には与みできない。
 さて、習近平政権は鄧小平の「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)政策を捨て、世界制覇に乗り出した。これは、「中国の夢」を掲げて登場した習近平主席の“個人的野望”であった。しかし、世界の覇権を掌握するためには米国という高い壁を乗り越えなければならない。
 丁度その時、清華大学の胡鞍鋼という学者が習主席の“野望”を裏書きしたのである。胡は、2010年代前半から半ばにかけて、すでに中国は経済的に米国を凌駕したと主張した。
 驚くべき事に、習近平主席は、この胡鞍鋼の説を信じたのである。そして、習政権は、胡の主張に従って世界制覇に乗り出した。
 周知の通り、中国は他国(特に、米国)の技術を盗取するのに熱心である。なぜなら、自国でAI等をはじめとする先端技術産出能力に疑問符が付くからである。第2次大戦後、中華人民共和国籍の中国人で、自然科学系でノーベル賞を獲得したのは、屠呦呦たった1人しかいない。したがって、ごく一部の特定分野において、中国が米国を凌駕することは可能だが、総合的には不可能だろう。
 周知の如く、最近、中国では、自国経済が壊滅状態に陥っている。中国経済の3大エンジン(投資・消費・輸出)は、近年、明らかにほぼ右肩下がりとなっていた。ただ、奇妙な事に、一部の中国経済専門家は、直近まで同国経済の動向を見誤り、その右肩上がりを信じていたのである。
 今年5月、李克強首相が暴露した数字では、昨2019年中国のGDPはたった42兆元(約630兆円)だった。また、今年のGDPは、無惨な数字となっている。
 同国経済が右肩下がりになった最大の原因は、習近平政権が、「改革・開放」をやめ、「毛沢東型」の社会主義路線に回帰したからだろう。また、北京政府が為替市場・株式市場・不動産市場に対し、過剰なまでに介入しているからではないか。そのため、すでに中国市場には大きな“歪み”が生じていると考えられる。特に、不動産バブルはいつ弾けてもおかしくない状態にある。
 今現在、共産党内では、「習派」と「反習派」(李克強首相が中心)の間で熾烈な党内闘争が行われ、共産党内はバラバラである。少なくとも党内が一致団結しなければ、対米戦争に勝利できるはずがない。
 だが、習近平政権は、「戦狼外交」(米国・日本・インド等の他国や、南シナ海および台湾・香港に対する強硬路線)を採っている。習政権のそれは、党内の不和を隠すための戦略に過ぎないのではないか。あるいは、外に敵を作る手法で党内の団結を促しているのかもしれない。
 目下、中国では、国内で「新型コロナ」の第2波・第3波が襲来している。また、長江流域での洪水が頻発し、三峡ダム決壊の危機すら叫ばれている。加えて、バッタの「蝗害」被害等、次々と厄災に見舞われている。
 このような状況下で、習近平政権は、米国等と干戈を交える事ができるのか大いに疑問である。