澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -459-
延長された2020年北戴河会議

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)8月1日、避暑地の河北省北戴河で中国共産党新旧幹部らによる非公式会議が開催された。だが、8月8日、中国共産党ナンバー3の栗戦書(全国人民代表大会常務委員長)が北京に戻り、全人代常務委員会を開いている。栗が北京に戻ったので、北戴河会議が終了したと考えられても不思議ではない。
 しかし、台湾の『自由時報』(2020年8月17日付)が「中国共産党上層部の暗闘は熾烈か?北戴河会議はまだ開催中と伝えられる」という記事を掲載した。
 栗戦書主催の全人代常務委員会は、9月に予定されていた香港の立法会選挙を1年先延ばしするという重要事項を決定した。この措置は、「新型コロナ」の蔓延で選挙を先延ばしするというよりも、予定通りに選挙を行えば、「民主派」が勝利する公算が大きいからだろう。
 昨2019年11月、香港区議会議員選挙では「親中派」が惨敗し、「民主派」が圧勝した。結果は中国共産党にとって“悪夢”だったに違いない。
 もし選挙が1年後に実施されれば、その間に、今年7月1日に施行された「香港国家安全維持法」で有権者を萎縮させる事ができよう。場合によっては「民主派」の有力候補を逮捕し、同派の力を弱める事も十分可能となる。
 他方、8月11日、習近平主席は食べ物の浪費(食べ残し)をしないよう、いわゆる「贅沢禁止令」を発布した。今後、中国では、水害と蝗害による食糧不足が起こり得るかもしれない。おそらく、習主席はそれを懸念して、唐突に禁令を出したのではないか。ただし、この禁令で中国経済は更に悪化するだろう。
 さて、前述した『自由時報』の記事は、次のような興味深い内容を掲載しているので、紹介したい。
 北戴河会議は延長されたようだが、その間「習近平派」が「反習近平派」にやり込められている。党内で、「習派」は責め立てられ、“四面楚歌”状態だという。その理由は(1)経済の低迷、(2)「新型コロナ」の蔓延、(3)長江・黄河流域での洪水による水害、(4)深刻な食糧不足――等である。
 実は、今年8月15日、米中貿易協議が行われる予定だった。ところが、北戴河会議が長引いているので、同協議がいつ開催されるのか分からない(ちなみに、トランプ大統領は、遊説中、自らの対中強硬策こそが中国を“軟化”させたと吹聴している)。
 習近平主席主導の「戦狼外交」については、香港の処理問題でその国際的地位を失いつつある。この件に関しても、習主席は党内から厳しい批判を浴びている。大半の共産党高官は、香港に株や不動産を持っているからである。
 一方、後継者問題に関しても、習主席は、党内から猛反発を受けている。それにもかかわらず、習近平主席は、今年10月には第19期5中全会を開催し、「14次5ヶ年計画」(2021年~25年)や「2035年の長期目標」を提出する予定だという。特に、「長期目標」に関して、習主席はあと15年間、トップを務めるつもりかもしれない(ただし、現実的には、かなり難しいだろう)。
 けれども、習主席は、対米関係については「戦狼外交」をやめ、従来の正常な米中関係構築を模索している。特に、習主席は、東シナ海・南シナ海での米軍との衝突を避けるため、中国軍に対し「絶対、こちらから先に米軍を攻撃してはならない」と命じた。習近平政権は、対香港とは異なり、対米関係において柔軟な姿勢を取るつもりだろう。
 現在、習主席は、国家主席・党総書記・中央軍事委員会主席の3つのトップに就いている。しかし、仮に、2022年以降、習主席が党総書記・中央軍事委員会主席のポストを失ったとしよう。そして、国家主席だけの肩書となれば、その地位は“お飾り”となるのではないか。
 目下、胡春華副総理が、習近平主席の後任と目されている。だが、事によれば、李克強首相が、習主席の後を継ぐ可能性も捨てきれない。
 以上が、『自由時報』の記事である。
 同記事を裏付けするように、今年8月15日付の『大紀元』「北戴河会議で『3つの柔軟と3つの強硬』が決まる」という記事によると、習近平政権は北戴河会議で新政策を設定したという。
 その新政策とは、「米国には柔軟に、西側にも柔軟に対応する、(軍事)行動についても柔軟に行う。だが、国内では強硬に、プロパガンダも強硬に行い、香港に対しても強硬に対処する」。
 つまり海外には膝を屈して、国内は弾圧する。米欧にはひざまずいて騙し続け、内部で強硬な支配を維持する。この中国共産党の新方針からは、米中軍事的激突のシナリオは見えて来ない。一部のジャーナリストや軍事評論家は、近い将来の米中戦争を主張するが、少なくとも現時点では、習政権にはその気は毛頭ないと考えられる。