澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -469-
「統一戦線」で民営企業を圧迫する習政権

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)9月15日、中国共産党中央弁公庁は「新時代の民間経済統一戦線の強化に関する意見」(以下、「意見」)を公表し、各地域の各部門に対し、それを誠実に実施するよう求めた。
 「統一戦線工作」とは、共産党以外の勢力を取り込む際に行う同党の政治活動の事である。今回、中国共産党は、民営企業との「統一戦線工作」強化を指示した。
 周知の通り、1979年、鄧小平の指導による「改革・開放」以来、中国は主に民営企業によって発展を遂げてきた。その企業に関して「56789」というタームが存在する。すなわち、民営企業による国家への貢献度は全国の税収で5割以上、GDPで6割以上、技術革新の成果で7割以上、都市部の雇用で8割以上、企業数で9割以上を占めるという。
 2015年、習近平政権は「混合経済改革」と称し、活きの良い民営企業とゾンビの国有企業を合併した。国有企業の整理(解体)が容易ではなかったからである。そして今回、北京政府は民営企業までも国有企業並みにすると宣言した。
 まず、その「意見」の初めには、民営企業との「統一戦線工作」の「意義の重要性」が謳われている。以下、一部概略を見てみよう。
 「民間経済統一戦線の強化は、同経済に対する党の指導力を実現する重要な方法である。我が国の経済システムの本質的な要素として、民間経済は、常に中国の特色ある社会主義を堅持し、発展させる重要な経済基盤である。民間経済は、我々自身として、常に我々の党の長期的な支配のために団結し、依存しなければならない重要な力である」。
 また、「我が国の経済・社会開発における民間経済の重要性及びその存在と発展の長期的・必然性を十分に認識し、新時代の民間経済統一戦線の革新と発展を促進することは、民間経済に対する党の指導力を継続的に強化し、民間経済の人々を党の周りに結集し、中国の夢を実現するのに役立つ」と謳っている。
 次に、「意見」の3では「民間経済人のイデオロギーと政治建設強化」が強調された。
 そこには、まず「愛国主義・社会主義を旗印に掲げ、政治指導と思想指導を高め、民間経済人の思想・政治工作の基礎を固める」と述べられている。
 更に6の「政治的コンセンサスを集約し、拡大する」の項目では「民間経済人を教育指導し、新時代の中国の特徴を持つ社会主義に関する習近平思想を実践的に導き、政治的立場、政治的方向性、政治理念、政治路線において党中央委員会との整合性を高度に保ち、常に政治的に鋭敏な人物を作り上げる」と書かれている。
 特に「習近平思想」を学び、それを実行する必要があるという(ちなみに、「習近平思想」は、習主席独自のものではなく、ブレインの王滬寧が産み出したとされる)。
 けれども、我々が以前から指摘しているように、中国の経済発展はひとえに社会主義イデオロギーを捨て、自由な経済活動が行われた結果である。もし、習近平政権が、民間経済人に共産党イデオロギーを注入すれば、彼らは物事に対し硬直した思考しかできず、時代に沿った柔軟な対応はできなくなるだろう。
 今の習近平政権は、政治イデオロギー優先の「毛沢東時代」へ逆行している。これでは、到底、経済成長は望めないだろう。それどころか、民営企業の発展を阻害し、経済にブレーキをかけることになるのではないだろうか。
 習近平政権は、国有企業だけでなく、民営企業にまで共産党傘下に置き、権力を振るおうとしている。おそらく、共産党は民営企業から利潤を巻き上げるつもりではないか。
 目下、中央政府の財政赤字は、少なく見積もってもGDPの300%以上あるのではないかと言われる。そこで、習近平政権は、民営企業にも共産党へ上納するシステムを作り上げようとしているのではないだろうか。
 中国は、経済発展こそ急務であるはずである。だが、北京政府は“真逆”の政策を採ろうとしている。
 周知の如く、習近平政権は、「戦狼外交」で海外の主要国(日米やEU)によって“四面楚歌”状態に陥った。そのため、民営企業搾取という苦し紛れの方策で、現状の危機打開を目指しているのかもしれない。しかし、中国はもがけばもがくほど、その深みに嵌っていくだろう。
 ところで、現在の中国経済を語る場合、当然、政治も考慮しなければならない。なぜなら、習近平政権は、政治やイデオロギー中心の経済政策を行っているからである。しかし、一部の中国経済専門家は、政治の重要性をあまり理解していない。そのため、経済的分析手法を使って同国経済を解明しようとするが、それでは実態はよく掴めないだろう。