澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -472-
中国人民の収入実態再考

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 昨2019年10月、「クレディ・スイス」の調査結果によれば、中国の富裕層であるミリオネア(100万米ドル<約1億457万円>以上の資産を持つ人)の数が米国の富裕層数を初めて上回ったという。同年半ばの時点で、世界のトップ10%にランクインした中国人は1億人で、米国の9,900万人を上回る。果たして、この数字は本当なのだろうか。
 今年(2020年)5月、全人代閉幕後、李克強首相が月収(税金・社会保険料等を支払った後の可処分所得。いわゆる手取り。以下、同様)1,000元(約1万5,650円)で暮らす人々が6億人いると暴露し、世界を驚かせた。
 その元になった資料とは、昨年、万海遠・孟凡強『月収千元にも満たない6億人はどこにいるのか』(財新網。以下、『研究』と呼ぶ)である。李首相の指摘だが、正確に言うと、収入ゼロから月収1,090元(約1万7,060円)までの人が5億9,992万人存在する。これは、中国全人口(以下、全人口)の42.85%を占める。
 さて、まず、世界的基準である「絶対貧困」層とは、1日1.9米ドル(約199円)未満、すなわち月収57米ドル(約5,960円)未満の収入しかない人々を指す。これを中国に当て嵌めると、月収380元(約5,950円)未満の人達である。
 『研究』には、380元のデータがないので、「収入ゼロ」層(546万人。0.39%)を除く「最下層」の月収「0~500元(約7,825円)」(合計2億1,589万人で、人口の15.42%)から、その数を推測してみたい。
 とりあえず、「最下層」が平均的に分布していると仮定しよう。1元刻みにすると、約43万1,780人という数値が出る。それに380(元)を掛れば、(「収入ゼロ」層を除く)「最下層」中、約1億6,407万6,400人が「絶対貧困」層に位置すると考えられる。そこに、改めて「収入ゼロ」を加えると、約1億6,953万6,400人となるだろう。
 この数字は不正確かもしれないが、目安にはなるだろう。全人口のおよそ12%が「絶対貧困」層と言えよう。
 今年1月、国家統計局は、昨年末時点の農村貧困人口は現行の判定基準で試算すると、前年比1,109万人減の551万人になったと発表した。ただ、「現行の判定基準」がどのようなものか不明である。また、これには都市が入っていない。算出された「絶対貧困」層数と比べると、統計局の数字に疑問符が付く。
 第2に、ここでは、「下層」を(1)「下層下位」(月収500~1,000元<約1万5,650円>)、(2)「下層中位」(月収1,000~1,500元<約2万3,475円>)、(3)「下層上位」(月収1,500~2,000元<約3万1,300円>)の3クラスに分けたい。
 (1)「下層下位」は3億2,607万人(人口の23.29%)、(2)「下層中位」は2億4,389万人(同17.42%)、(3)「下層上位」は1億7,263万人(同12.33%)となる。
 「下層」全体では、7億4,259万人、人口の53.04%を占める。「最下層」と「下層」を合計すると、9億6,393万人、全人口の68.85%となる。つまり、中国人の3人に2人以上は、この層に属する。この2つの層には、あまり消費を期待できないだろう。
 第3に、中国では、月収「2,000~3,000元(約4万6,950円)」(「中間層」約2億0735万人。人口の14.81%)ならば、悪くないと言われる。1線都市(北京・上海・広州・深圳)・新1線都市(成都・重慶・武漢・天津など)では暮らすのが難しいが、2線都市(寧波、廈門、大連、青島など)や3線都市(海口、汕頭、洛陽、桂林など)では、何とか暮らしていけるという。
 第4に、「上層」を(1)「上層下位」(月収3,000~5,000元<7万8,250円>。1億5,695万人で人口の11.21%)、(2)「上層中位」(同5,000~1万元<15万6,500円>。6,328万人で人口の4.52%)、(3)「上層上位」(同1万~2万元<31万3,000円>。784万人で人口の0.56%)の3クラスに分ける。
 この層は、生活に余裕があるだろう。なお、「上層」全体では2億2,807万人、全人口の16.29%である。消費に期待が持てる。
 第5に、月収「2万元」以上の最上層(富裕層)は、全体の0.05%で70万人いる。「紅2代」「紅3代」(日中戦争や国民党との内戦に参加し、建国に貢献した共産党の元高級幹部の子弟)、あるいは「官2代」「官3代」(新中国成立後、貢献した元高級官僚の子弟)らが中心とみられる。
 『研究』の数字を見る限り、冒頭掲げた「クレディ・スイス」の調査結果とは著しく異なる。中国大陸の中に1億人のミリオネアがいるとはとても考えづらい。だが、万が一、中国当局が「スーパー富裕層」の実態を隠蔽しているならば、考えられなくもないだろう。
 おそらく、「クレディ・スイス」のいう「中国人」とは、「中華系」の人々を指すのではないか。台湾人・香港人や東南アジアの華僑・華人、あるいは、北米やヨーロッパの華僑・華人の数すべてを併せた数ならば納得できる。
(「Japan In-depth」より転載)