「尖閣を守るために、今為すべきこと」

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政策提言委員・元航空支援集団司令官 織田邦男

 中国の全国人民代表大会常務委員会は昨年12月26日、「国防法」改正案を可決した。主権や領土の保全に加えて、海外権益などの利益を守るための軍事力行使を認めるもので、年明けから施行された。
 これに続き海警法が1月可決され、2月1日施行された。新たな海警法では、外国船が中国管轄海域で違法活動を実施し、停船命令に従わない、あるいは警告効果がない場合、海警局所属の公船(以下「海警」)が当該船舶に対して武器を使用できるようになる。注目すべき点は、海警が法執行のみならず「軍事作戦」を遂行できることだ。この二法改正の対象に尖閣諸島があるのは明らかである。
 尖閣諸島において、海警による領海侵犯が常態化している。日本政府が抗議や遺憾の意を示しても、中国は「尖閣は我が領土」を繰り返すばかりである。行動は益々居丈高になっている。国防法と海警法の改正により、既成事実化だけでなく、力による領有権奪取が可能になる。
 2017年2月、安倍・トランプの日米首脳会談で、尖閣諸島が安保条約5条の適用対象であることが日米共同声明で明文化された。昨年末、菅義偉首相と大統領就任前のジョー・バイデン氏との電話会談で、尖閣諸島の安保条約5条適用が再び確認された。政府は自慢げに、メディアは安堵したように伝えたが、日本の領土を守るのは米国ではなく日本である。当事者意識の欠けた論調に嫌悪感を覚えたのは筆者だけではあるまい。その話はここでは触れない。
 安保条約第5条にはポイントが2つある。「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。(以下略)」とあるように、日本の施政下になければ安保条約は適用されない。不法占拠されている竹島や北方領土は、施政下にないので適用対象ではない。
 2つ目は、日本が攻撃されても米国は自動参戦ではないことだ。日本の施政下にある領域に武力攻撃があっても、米国は憲法上の規定や法律上の手続を踏んで参戦の是非を決める。NATOや米韓同盟のような自動参戦ではない。
 中国はこれを熟知した戦略で挑んでいる。中国は米国とは事を構えたくない。今の兵力差では勝ち目はない。他方、尖閣は核心的利益と宣言している。核心的利益というのは、武力を使ってでも奪い盗るという意味である。戦略の要は米国とは戦わずに尖閣を奪い盗るという点だ。
 中国は「孫子」の国である。孫子の兵法の肝は不戦屈敵、つまり戦わずして勝つことである。孫子の兵法では、敵より2倍の兵力でも攻撃は控え、先ず内部分裂させよという。5倍なら戦うべし、10倍あれば戦わなくても敵を屈することはできると。
 現在、中国の軍事力は自衛隊単独ならば、既に5倍以上ある。だが日米の兵力では、とても5倍には及ばない。従って当面は、軍事力を用いず「三戦」で臨む。三戦とは「心理戦」「世論戦」「法律戦」であり、これを駆使し、熟した柿が落ちるように奪い盗る。つまり安保条約5条が適用されないよう、軍を投入せず、法執行機関である海警を使って実効支配を奪い、施政下にない状況を作り出す。サラミを少しずつ切りとるように実効支配を奪うことから、「サラミ・スライス戦略」とよばれる。
 月に3回、3隻の海警を2時間、尖閣の領海に居座らせる。まさに判を押したようなマニュアル的行動なので「3・3・2フォーミュラ」と言われる。それが最近になって「3・4・2フォーミュラ」とステージを上げた。接続水域には、海警がほとんど毎日のように居座っている。昨年11月19日の時点で、300日間連続接続水域に居座ったことがニュースになった。今なお続き、接続水域にはほとんど1年を通して海警が居座るようになった。
 中国はそれを国際社会に向けて発信する。曰く「中国側は日本が長年、主張してきた尖閣諸島の統治の実権を既に奪った」(国防大学戦略研究所孟祥青所長論文)。曰く「巡視船による航行を常態化させたことで日本による長年の『実効支配』を一挙に打破した」(「学習時報」)と。
 中国が既に実効支配し、日本の施政下にはないことを全世界に喧伝する。尖閣がもはや安保条約5条の対象ではないことを間接的に米国世論に訴えている。これが世論戦である。
 昨年11月、日中外相共同記者発表で王毅外相は「日本の漁船が釣魚島周辺の敏感な水域に入る事態が発生している。中国側としてはやむを得ず、必要な反応をしなければならない」と海警の領海侵入を正当化し、尖閣諸島の領有権を主張した。これに対し、茂木敏充外相は適切な反論ができず、国際社会に対し、中国の領有権主張だけが発信される失態をしでかした。見事に世論戦にやられた。
 第2の戦略は、”White Ship Strategy”と呼ばれる。先に軍を投入すれば、安保条約5条が発動される可能性がある。海警だけであれば法執行であるため、安保条約は適用のしようがない。軍の投入で国際社会から批判を受け、孤立化が進むことを避ける狙いもある。
 中国経済はグローバル経済に依って立つ。トランプ政権で米国との貿易戦争に突入した。また香港、ウイグル、チベット、内モンゴルなどの人権問題でも国際社会の見る目は厳しい。バイデン政権は人権に厳しいと言われている。このまま世界で孤立すると、グローバル経済に依存する中国経済は成り立たなくなる。経済が右肩下がりになれば、共産党一党独裁の正統性は一挙に揺らぐ。
 軍でなく海警の投入であれば国際的批判は少ない。たとえ軍艦並みに能力強化した海警であっても海警は軍ではない。だが軍艦化された海警では、海保は手も足もでない。海警が武器を使って海保を尖閣周辺から強制的に排除できれば、軍を投入せずとも目的は達成できる。今回の国防法、海警法改正でそれが可能になる。海警は国際的には沿岸警備隊だから船体は白く塗装されている。だが実質的には軍艦であり、白く塗った軍艦といえる。”White Ship Strategy”と呼ばれるわけだ。
 海警のハード、ソフトの「軍艦化」は近年著しい。2018年7月、習近平国家主席は海警局強化を指示し、海警局は武装警察部隊(以下「武警」)に編入された。武警は同年1月、既に人民解放軍と同じ中央軍事委員会直属となった。これにより海警は海軍と一体化した。ちなみに海警局のトップも海軍出身である。今回の海警法改正も「軍艦化」の一環である。海保に対する武器使用が正当化される。また中央軍事委員会の命令一下、海警が「軍事作戦」を遂行できる。
 他方、海保は国土交通省隷下であり、有事には防衛大臣の指揮下に入るものの、平時は別々の指揮下である。また後述する理由で海上自衛隊との軍事的連携はとれない。海保の武器使用については、海上保安庁法で厳格に縛られている。拉致犯罪のような「重大凶悪犯罪」の要件を全て満す場合を除いて、武器の使用は人に危害を与えてはならない。何より海保は、「防衛任務」はもちろん、「領域警備」の任務さえ与えられていない。
 海警はハード面の能力向上も著しい。海警は海保に比して、大型で重武装である。海保の装備が20ミリ、30ミリ機関砲に対し、海警は76ミリ速射砲を装備している船もある。1,000トン以上の隻数は、既に海保の3倍近い。最近、海警は12,000トン級のヘリコプター搭載型大型警備船を投入してきた。計10隻の建造計画があるという。海保は最大の巡視船が7,155トンの「しきしま」1隻である。
 海警と海保との非対称性は広がる一方であり、力のバランスが崩れつつある。中国は力の信奉者であり、相手が弱いとすかさず軍事行動に出る。海警法の改正後、海警が堂々と武力で海保を排除し、領有権を奪取する行動に出ることは充分にあり得る。繰り返すが海警である限り、安保条約5条の発動は難しい。
 菅政権では未だ言及がないが、安倍政権では海保が手に負えなくなったら、海自を躊躇なく出動させるとしてきた。だがこれは悪手であり絶対にやってはならない。中国の罠に嵌ることになる。
 海自を出動させるにしても、法的根拠は「海上警備行動」に限られる。海上警備行動は警察権の行使であり、防衛行動ではない。基本的に海保以上のことはできない。手足を縛られた海自は、軍事作戦ができる海警に苦戦を強いられるのは間違いない。
 防衛出動を下令すべきとの意見もある。だが相手は国際法上、法執行の海警である。当然中国は「先に軍隊を出したのは日本だ」「日本がエスカレートさせた」「悪いのは日本だ」と世論戦を張るだろう。何より中国海軍を出動させる口実を与えることになる。
 世論戦によっては、安保条約5条が適用されないこともあり得る。安保条約は自動参戦ではなく、米国は憲法の規定、手続に従って尖閣への出動の是非を決定する。米国世論が「やはり先に軍を出した日本が悪い」となれば、海自が血を流して苦戦していても米軍の来援が得られない可能性もある。中国の狙いはそこにある。
 では日本は何を為すべきか。先ずは海保を強化することだ。海警に対しては、海保が単独で対応できなければならない。海警との非対称性をなくし、力のバランスを復元する。早急に実施すべきは海上保安庁法の改正である。25条の改正は喫緊の課題である。海上保安庁法第25条は以下のようになっている。
 「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」
 この規定がある限り、海保が尖閣を「防衛」することは勿論、領域警備の任務も果たせない。背後に構える海自との軍事連携もできない。安倍政権でようやく海保と海自の無線周波数が共通化され、現場レベルの連携はかなり進んだ。だが小手先の改善では根本的問題は解消しない。
 このような規定は日本だけである。世界の沿岸警備隊は準軍事組織である。米国の場合、第5軍と言われている。陸・海・空軍・海兵隊、そして沿岸警備隊だ。法執行の警察行動とともに防衛のための軍事行動もとれる。
 何故こんな規定ができたのか。海上保安庁法は、1948年、ダグラス・マッカーサー率いるGHQ占領下に策定された。朝鮮戦争が起きる前であり、マッカーサーは憲法9条のとおり、非武装の日本を建設しようと本気で考えていた。
 四面環海の日本にあって沿岸警備隊の必要性が持ち上がった際、憲法9条の手前、再軍備ではないことを明確にしたかった。警察権行使の海保であり海軍ではない。これを明確にするために、あえて25条を書き込んだ。それが「軍隊として組織され、訓練され、軍隊の機能を営むことを認めることはできない」である。
 従って、海保には「我が国防衛」の任務はない。「領域警備」の任務さえ明文化されていない。任務が規定される海上保安庁法第2条は次の通りである。
 「海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎖圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする」
 海保の任務はあくまで「海上の安全」と「治安の確保」である。防衛任務はおろか、実質上実施している領域警備の任務さえ明記されていない。これだと海警法が改正されて「軍事作戦」が遂行できる海警とは太刀打ちできないのは明らかである。
 もう20年以上も前のことである。筆者が現役時代、この25条の歪さを痛感したことがある。筆者は航空幕僚監部で防衛力整備を担当していた。その時、海保の巡視船に対空レーダーを搭載してもらおうという計画が持ち上がった。海保は尖閣周辺に4隻常駐させている。この巡視船が対空レーダーを装備し、その対空情報を空自が共有できれば尖閣周辺のレーダー死角がカバーできる。
 尖閣に最も近い空自レーダーサイトは宮古島にある。それでも170km離れている。地球は丸いため、遠く離れれば低高度のレーダー死角が増える。死角が増えればスクランブル発進が遅れ領空主権は守れない。これを埋めるにはE2Cなどの早期警戒機を飛ばさねばならない。だがE2Cは高価(200億円以上)であり、しかも常時飛行させておくという訳にもいかない。
 巡視船に対空レーダーを装備してもらえば安価で尖閣諸島の効果的監視が可能になる。空自が予算を持つので、海保には迷惑をかけない。この構想で海保と調整しようとしたところ、25条がネックとなり門前払いになった。「軍隊の機能を営むこと」はできませんと。
 海保に対し、空自の軍事行動に手を貸せと言うわけではない。空自の予算で、しかも空自が維持整備するので迷惑はかけない。巡視船のスペースを一部貸してくれというだけの話である。海保の巡視船も国有財産である。国有財産を効率よく使って国を守ることが何故できない。原因が一片の法律条文だと知り愕然としたのを思い出す。菅首相の嫌う「縦割り行政」そのものである。
 現場での意思疎通は改善されたとはいえ、海保と海自の軍事的連携が法的に禁止というのもおかしなものだ。相互支援ができぬようあえて使用する燃種(重油と軽油)も変えているともいわれる。また海警の船は軍艦構造であるが、海保は商船構造である。(「しきしま」を除く)海警に衝突されて船体に穴が空けば、海保の巡視船は容易に沈む。これも25条の結果と聞く。
 海保の体制強化は急務である。2010年9月の中国漁船体当たり事件をきっかけとして、海保は2015年末、尖閣諸島専従部隊を創設し、巡視船12隻、600人体制で事実上の領域警備にあたっている。「警備」だけならともかく「領域警備」なら明らかに不十分だ。
 海保の巡視船は大半が3,500トン以下である。海警に比して大型化も遅れをとっている。昨年12月、菅首相は「領海警備のための大型巡視船を整備したい」と関係閣僚会議で述べた。巡視船の大型化だけでなく、武器等装備品の充実も欠かせない。先ずは海保法25条を廃止し、2条に「防衛任務」を明記することだ。海軍化する海警に直接対峙できるよう海保の強化は急務である。このまま非対称性が広がれば、ロシアがソチ五輪直後にクリミア半島を侵略したように、来年の北京五輪後に中国が行動を起こす可能性も出てくる。力の均衡の回復は急務なのだ。
 最後に、尖閣諸島を守るために、今為すべきことをもう1つ提案しておきたい。尖閣諸島の久場島、大正島の米軍専用射爆撃場を使っての日米共同訓練である。
 南西諸島には5つの米軍専用射爆撃場がある。その内、2ヵ所、久場島、大正島は尖閣にある。現在使用していないが地位協定上、米軍専用射爆撃場としては今も有効である。米空軍F4戦闘機が嘉手納基地に駐留していた頃は、対地攻撃任務を有していたため、この2島を訓練に使用していた。だが、F4が空対空専用のF15に機種更新されてからは使用されていない。
 現在、三沢基地には対地攻撃任務を有する米空軍F16飛行隊が駐留している。このF16と空自F2とで共同訓練をするのだ。日米合同委員会で「米軍専用」を「日米共同使用」に変えるだけで、明日からでも実施できる。
 空自は現在、実爆弾の投下訓練を実施するために、わざわざグアムまで赴き、米軍射場を使って訓練をしている。久場島、大正島で実施すれば、経費節減にもなるし、中国の実効支配の動きを無効化できる。昨年、日米共同訓練が東シナ海で実施されたが、中国は馬耳東風。日米共同訓練は尖閣諸島でやらねば意味がない。
 中国の大きな反発が予想されるが、米軍と事を構えたくない中国は手を出しにくい。何より尖閣の位置づけを国際社会に発信できる。まさに一石二鳥以上の効果がある。もちろん米国にとっては、対中政策上の政治判断が必要であり、米国との綿密な調整が欠かせない。バイデン政権の対中政策は未だ不透明だ。日本の外交力が試される時でもある。尖閣をどうしても守るという日本政府の強い意思を示し、先手を打ってバイデン政権を説得すべきだろう。「尖閣は安保条約5条の対象」のリップサービスだけで喜んでいる場合ではない。
 
※この記事は、雑誌『正論』3月号掲載の記事を加筆修正したものです。