澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -482-
ミャンマーの「クーデター」と米中の思惑

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 昨2020年11月8日、ミャンマーでアウンサン・スーチー率いる与党国民民主連盟(NLD)が5年毎の総選挙で地滑り的に大勝した。
 だが、今年(2021年)1月31日、突如、政変が起きている。軍が「クーデター」を起こし、スーチー国家顧問らを拘束した。翌2月1日、新国会が開催される直前の出来事だった。
 同月8日、ミャンマー国軍のミン・アウン・フライン総司令官は、「クーデター」による政権掌握後、初めてテレビ演説し、事実を重視するよう国民に訴えた。軍は1年間戒厳令を敷き、その後、新たに選挙を実施するという。
 今度の軍による「クーデター」には、“正当性”があるのだろうか。もし、昨年の選挙で本当に不正があったならば、軍の言い分も理解できよう。
 元々、アウンサン・スーチーは国家元首の大統領ではない。単なる“国家顧問”である。ミャンマーの憲法では、外国籍の家族がいる大統領を禁じている。スーチーの息子は英国籍なので、本来、スーチーは大統領にはなれない。
 ところが、2016年3月30日、ティン・チョーを大統領とする新政権が発足に伴い、アウンサン・スーチーが外相、大統領府相を兼任し、新設の国家顧問にも就任した。
 実は、中国では、鄧小平時代、鄧の肩書と権力が乖離していた。「民主化」されたはずのミャンマーでも、同様な“異常事態”が生じていたのである。
 さて、今回、ミャンマーにおける「クーデター」には、大国、中国や米国の思惑が絡んでいる公算が大きい。
 一般に指摘されている如く、中国政府と米国政府がそれぞれ「クーデター」に介入したとする論調は、決して精緻な分析とは言いがたいのではないだろうか。
 大雑把に言えば、中国は「習近平派」と「反習近平派」に分けられる。他方、米国は民主党及び大半の共和党(一部の共和党員<ミッチ・マコーネル等>を除く)に分けられるだろう。
 特に、中国に関しては、昨年の米大統領選挙の際に見られたように、「習派」がバイデン民主党候補、「反習派」がトランプ大統領に加担している。「習派」と「反習派」が全く逆の行動を取ったのである。
 周知の如く、トランプ政権は対中「貿易戦争」を行い、中国に対し「強硬路線」を採った。そのため、習近平政権は苦境に陥ったのである。そこで、北京政府はバイデン候補を推した。
 だが、「反習派」はトランプ大統領再選を目指すべく、バイデン候補及び次男のハンター・バイデンのスキャンダルを暴露した。同派は、公然と“利敵行為”を行ったのである。
 また、昨年1月、習近平主席がミャンマーを訪問した際、アウンサン・スーチー国家顧問と「一帯一路」に関する合意をした。ミャンマーは「一帯一路」の要である。習近平政権としては、ミャンマーとの関係の緊密化を望んでいた。
 だが、「反習派」は、習近平主席の足を引っ張るため、ミャンマー軍の「クーデター」を支援した可能性を捨て切れない。そのためか、中国はミャンマーの政変を公式的には「大規模な内閣改造」と呼んでいる。
 ミャンマーの「クーデター」が、西側から厳しく非難されると、軍事政権がより中国へ傾斜する恐れがあるという。しかし、元々、アウンサン・スーチーは「習派」に近い存在だった。他方、ミャンマー軍が「反習派」に近いとすれば、中国としては、どちら側が権力を掌握しようと一向に構わないのではないだろうか。
 一方、米民主党はオバマ政権時から、アウンサン・スーチーとの密接な関係を保っていた。特に、ヒラリー・クリントンは、2011年、初めてスーチーと会って以来「戦略的協力」を築いたという(ちなみに、シドニー・パウエル米弁護士は「クリントン財団は人身売買組織」と決め付けている)。更に、アウンサン・スーチーは、国際金融資本家、ジョージ・ソロスとも深い関係にある。
 他方、アウンサン・スーチーの夫、故・マイケル・アリス(Michael V. Aris、英国人)は、チベット、ヒマラヤ文化が専門の東洋文化学者だった。スーチーとマイケル・アリスはオックスフォード大学で知り合い結婚した。
 スーチーの夫、マイケル・アリスは、映像プロデューサーであるイザベル・マクスウェルとは仕事上、付き合いがあった。そして、イザベルの妹、ギレーヌはジェフリー・エプスタイン(「小児性愛の島」を所有)と付き合っていたという。
 以上のように、米民主党とアウンサン・スーチーは、“特別な関係”だったと言っても過言ではない。
 しかし、米共和党としては、ミャンマーの選挙に不正があったと認識しているのではないか。というのは、同選挙では、米大統領選挙同様、ドミニオン製の集計機が使用されていたからである。また、同党は、スーチーが米民主党と深い関係を持つので、一線を画しているだろう。
 したがって、米共和党は、ミャンマーの「クーデター」に関して、表面には非難しつつも、軍事政権が敷かれてもやむを得ないと考えているかもしれない。