尖閣諸島の領域警備において陸上自衛隊を運用する場合の現状と課題

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理事・元陸自西部方面総監 林 直人

1.領土保全のための「領域警備法について」
 1970年頃より中国は尖閣の領有を訴え始め、我が国国有化宣言直後にこの地域での領海侵犯が急増した。2013年には国家海洋局海監総隊(海監)等4つの海上法執行機関を統合して中国海警局(海警)を設立、2018年には更に武装警察に組み込み、海軍出身者が海警トップとなる人事や海軍の退役駆逐艦等の引き渡し等を実施し、組織改編を図り、2021年2月1日より、中国海警法が施行されるに至り、緊張感を高めさせる原因となっている。
 翻って、これら進化する中国海警に対応する日本の海上保安庁は、戦後の1948年(昭和23年)5月に運輸省外局として設置され、平和憲法の立て付けの変わらないままである。法律の後ろ盾のないまま、現状は「領海警備」の任務にあたっている。
 このような環境の中、領域警備法案の議論を深化させることは、法律制定の是非は別にして、我が国として中国が尖閣周辺を自国の海として塗り変えようという画策に対し、待ったをかける意思表示となることを考えれば大きな意義がある。
 
2.領域警備の概念について
(1)領域警備設定の前提はどこにあるのか?
 ここでひとつ疑問が浮かぶ。領域警備という概念の前提はどこにあるのかという問題だ。端的に言えば「有事か、平時か。」という問題だ。領域警備は、平時の範疇なのか。若しくは有事の行動なのか。それとも、その中間点なのか。
 自衛隊を運用する「領域警備法」ということは、事の進展によっては、防衛出動に発展することも予想し準備するということであろうが、果たして我が国の政府に、国民に、その覚悟があるのかという点については疑問が残る。
 自衛隊に無人島を守り、我が国の領土に対し主権を維持する為に、自衛官の命と引き換えに任務を遂行せよと、誰が命ずるのか。指揮官である総理大臣か、あるいは、国会承認を必要とするならば決議した国会議員に、その覚悟はあるのかを問うてみたい。
 自衛官は、日本の全ての職業倫理の中において、最も使命感の高い、自らの死を賭してでも果たす任務に従事する覚悟を持つ集団の一員である。近くは東日本大震災の時に、米軍パイロットでさえ、任務遂行を拒否するといった、福島原発のヘリ上空からの消火活動が、自衛隊が国民のため命を懸けるその真摯な姿を目の前にした米軍兵士達が、自衛官と共に、人命救助に赴く熱い想いに切り替えたことは、記憶に新しいところであろう。また、雲仙普賢岳災害派遣終了時に高田勇長崎県知事(当時)は、「人の命は地球より重たい、そして、さらに重たい自衛官の使命感を初めて知った」と語っている。
 自衛官は、平素の命を落とすかもしれない極限状態を想定して訓練を実行し、錬成している。「訓練は実戦のごとく実戦は訓練のごとく」の
 厳しさの中で実力を培ってきており、常に死生の覚悟はできている。その自衛官に死と引き換えの行為を命ずることの覚悟が、国民および政府にあることを信じたい。
 
図1 領域警備の概念
 
(2)(軍事行為をする)自衛隊の運用と(個人を主体とする)警察官の行動と混同はしてはならない
 自衛隊を使うとなれば、準軍事行動と予測するが、軍隊は部隊行動を原則とし、個人行動を原則としないことに留意が必要だ。指揮官の指揮・命令により部隊行動が行われる。従って、自衛隊は指揮官の能力とその統率力の涵養に努めている。これを治安出動のように警察官職務執行法の準用で行動を統制することが部隊能力を低下させ、厳しい任務遂行をより困難にさせる遠因となっていることを指摘しておきたい。
 
3.領域警備法における陸上自衛隊の果たす役割とまた任務遂行上の課題
(1)陸上自衛隊は洋上では行動できない
 前提として、洋上で行動できるのは海上自衛隊と水陸機動団の部隊及び空挺の一部と特殊作戦群の一部であり、陸自は海上機動能力を海上自衛隊か、海上保安庁か若しくは民間輸送船に依存しなければならない。
 その運用の効率化等を考慮すれば、統合運用において、陸・海・空が連携し、一(いち)指揮官の下で行動することが考えるべき運用の形態となる。この点について、現在自衛隊は統合運用が進んでおり、演習訓練も積み重ねてきており、検討も進んでいる。
 
(2)陸上自衛隊の展開に関する限界
 陸上自衛隊の展開に関してはどうか。地上部分が少なく事前展開場所が離島に限定され、また本土から大きく離隔しており部隊の展開準備に時間を要する。地積等や、各島々の離隔距離にも大きな影響を受けることが予想される。
 今陸上自衛隊が、南西諸島に保有する駐屯地は、与那国、宮古島、沖縄本島、及び奄美大島の4か所であり、海空基地を活用しても、沖縄本島と宮古島に限定されてしまう。
 また、作戦・戦闘の様相により、準備すべき装備や、補給品等が異なるため、全ての分野の準備が可能なのは、最も近い場所で、九州補給処(佐賀県目(め)達(た)原(ばる)駐屯地)若しくは、その前進拠点となるであろうが、現状では未だ前進拠点は,既存の九州南部の駐屯地あるいは、演習場とならざるを得ず、かなりの物資輸送に時間を要し、手段を講ずる必要があると思われる。
 以上のことから、現在開設する準備を進めている石垣島に駐屯地の完成は急務である。当然のことながら、部隊が戦闘に係る準備としては、戦闘間の衣食住関連及び通信、燃料、弾薬等が必要となるが、特に弾薬輸送は現状大きな問題を抱えていることも十分の考慮が必要である。
 また輸送後の保管管理もその適正な処置が求められる。この事態を考慮すれば、明日起こるかもしれない事象に、適時適切に対処するならば、もう既に沖縄に所要のものが準備されていなければならない。
 こうした事前展開を平時における部隊駐屯等も含めた準備的行動と捉えるならば、この分野で、今完成している分と、これから尖閣周辺が中国の民兵等の上陸直前までに行うべき分野を整理し、その可能性を考慮しなければならない。
 ここで、事前展開をどの程度実行するかは、作戦の実施を適切に予測して行う事前準備に依るところが大きい。
 
 
図2 尖閣諸島周辺図
 
(3)陸上自衛隊の尖閣上陸は事前展開か、戦闘事態か
 陸上自衛隊を投入する段階は、尖閣等の離島に中国等の外国武装兵等が上陸し、これの排除が警察力を超えて、戦闘状態となった段階であり、陸上自衛隊を上陸戦闘させこの勢力の排除を命じるというのが通常の理解だ。この場合、特に我が国の「専守防衛」の考えが、自衛官が不要な血を流すリスクを高めているということを理解してなくてはならないだろう。正に「戦略の失敗は戦術では補えない」のだ。
 この尖閣争奪戦のように、重要な焦点となる尖閣の奪い合いに双方の軍隊が衝突する事象は、陸戦でいうところの「遭遇戦(encounter battle)」に該当する。遭遇戦には、『逐次戦闘加入』と『統一戦闘加入』の要領があるが、『逐次戦闘加入は』受動に陥り易く、戦闘力の逐次喪失となってしまうことがあるので、強くその点を戒められている。敵より先に尖閣に展開できなければ、この『逐次戦闘加入』の要領を取らざるを得ず、当初から敵に戦場の主導権を握られる恐れがある。
 また「1:3の法則」と言われ、陣地攻撃における兵力差は防御側の3倍以上の兵力をもってこれを攻撃しなければ戦勝は得られないと、過去の戦例から明らかになっており、一度取られた地域を取り返すためには多くの犠牲を伴うという事実を確認しておく必要がある。
 即ち、この犠牲のもとに作戦を遂行させるという覚悟を持つか、犠牲を最小限にして我が国の主権を守るのであれば、相手よりも先に上陸することがどれ程重要であるか一目瞭然だろう。
 ただし、これは政治的判断の問題でもある。尖閣の島々に自衛隊を事前展開させることを有事として捉えるのか、平時の延長として、今回の「領域警備行動」における事前展開とみなすかについては、早急に議論を行うべき案件であり、また中国への誤解に対して毅然と立ち振る舞う覚悟が必要となるだろう。
 
ア.事前展開ができる場合
 これら事前展開は、事後の戦闘も考慮すれば、魚釣島、北小島、南小島は当然ながら、長射程の支援火力としては、久場島(黄尾嶼射爆撃場)、大正島(赤尾嶼射爆撃場)も対象に入れなくてはならない。
 この事前展開が可能であれば、中国等の不法侵入行為に対して、自衛隊の武装展開の援護の下で警察官による排除が可能になり、早期解決の道が見えてくるのではないか。
 ただし、これら事前展開部隊への常続的兵站支援も陸続きではないために、自ずと不安定な分野を含むことに留意が必要だ。
 
図3 魚釣島周辺の島々
 
イ.事前展開ができない場合
 これら地域への事前展開が実施できなければ、警察による不法行為を行った中国等の武装集団の排除行動・能力が限界を超え、彼我混交する中で、陸上自衛隊の投入ということになるだろう。
 この場合は、陸上自衛隊の任務は上陸戦闘および中国等の侵入武装集団の排除行動となると思われるが、中国等不法侵入兵力が1個分隊から1個小隊であると仮定しても、我が方の勢力はその3倍とそれを支援する火力、情報関連部隊が必要となる。
 つまり約1個中隊~1個大隊とこれを支援する特科1個大隊~3個大隊程度を、敵の火制下で行動させることになる。更に、これらの輸送と作戦支援の兵站支援は砲弾等の降る中での、相当数の船舶を必要とする。
 この行動には、彼我共に相当数の死傷者が発生し、また長日時を要することになることが想定される。この段階で更に事態がエスカレートすれば相手国軍の再投入後、更に自衛隊の再投入という形となり、終わりが見極められないうちに、犠牲者が増大していくことも視野に入れなくてはならない。
 加えて、早期決着がつかない場合は、準備した兵力・物資では戦闘が継続できなくなり再補給、部隊交代は、陸続きでない作戦であり困難を伴う。これには、海上輸送能力の差が大きく影響するだろう。艦船や民間輸送船の運用分野については、中国等想定される交戦相手よりも我が国の方に制約が多いと考えざるを得ない。
 この場合の、多くの被害を出しながら、戦闘を継続し、米海軍、米空軍は、日本にいる米国軍隊が自衛隊と共に戦闘に巻き込まれた上での行動に期待もできるが、米陸軍、海兵隊の支援は米国議会の了解が得られた後のことである。つまり、米軍による参戦よりも前に戦局が決している可能性が大いにあるということである。従って、尖閣防衛については日本独自で行動し、決着をつける心構えと準備を整えなければならない。
 
(4)留意事項
 これらの事前展開部隊、装備、補給品等を、いつ、どこに、どの様に展開し、保管するのかを検討し実行することになる。その上で留意すべきは、既存の駐屯地・基地では、事後の作戦との制約(積載上限、洋上機動力の限界等)があり、特に弾薬の事前集積には、その場所の確保から実行を制約する要素を早期に取り除いておく必要があるだろう。
 この条件は中国等相手国にとっても同様のことが言える。戦闘行為に出るのは、かなりの部隊展開と準備が必要になるため、情報・動向を適切に把握し、敵の戦闘部隊の上陸以前に、不法侵入した分子を警察力により早期排除し、敵の軍事組織の上陸行為の察知に伴い、防衛出動を下令し、瞬時に海上自衛隊と第7艦隊でこれを阻止し、事前展開させた陸上部隊で対応するか、一部兵力として海上自衛隊の艦船に陸上自衛隊の戦闘部隊を保有しておくことが望ましい。
 また、陸上自衛隊の戦闘では、警察官職務執行法の範囲での行動では作戦が成り立たない。そのため、準軍事的行動となり、敵よりも大きな火力で敵に戦闘放棄させるまで戦うことになり、双方とも相当数の死傷者が発生することも覚悟する必要がある。この戦闘に参加した自衛官を後で、国内法で「過剰防衛」で告訴することになれば、自衛官は今後、誰も任務を遂行することがなくなるということも念頭に入れておくべきであろう。
 
(5)海象考慮
 洋上の作戦は、気象特に海象の影響を受け易いので注意を要する。この種の対応能力は陸上自衛隊には備わっていないので、海事に係る者の指導に依らざるを得ない。この影響を局限するならば、事前に尖閣等作戦場所に事前配置するしか効果的な方法は無いであろう。
 
3.有事に至らない範疇での解決方法
 あくまで治安維持の体制で、中国人民等を尖閣に上陸させない、上陸させても警察力で速やかにこれを排除する。これについては、日本戦略研究フォーラムの提言及び雑誌『偕行」の投稿を参照されたい1
 
4.更なる提言
 平時の現在、中国側に尖閣周辺を中国の海のように振舞われ、一方的に「広報戦」を強いられており、これをこのまま放置することは、我が国として国際社会に対し、中国の言い分を恰も認めているという誤った信号(シグナル)を送り続けていることになる。
 昨年から有志の国会議員が、尖閣諸島の管理強化を訴える行動を起こしており、自由民主党の佐藤正久参議院議員をはじめ多くの国会議員が提言しているにも拘らず、一向に実現していない。筆者はこの事態に憤りさえ感じている。
 これは政治の不作為ではないだろうか。平時だからこそ、もっと積極的に日本の尖閣周辺の科学文化的調査や資源維持の各種調査を実施し、我が国が領土として保有しその責任を果たしているという実態を、広く世界に伝えるべきだ。こうした対外宣伝努力すらせず、日本国内向けに言葉で発するだけでは、世界は日本の味方をしないであろう。
 より具体的には、次のような手段が有効だと思われる。①海上保全のための灯台を尖閣諸島に建設し、これの維持補修の実施、➁周辺海域の魚類等の実態調査、③日中漁業交渉の資料開示、④環境保全を目的とした尖閣諸島周辺地域に生息する動植物調査の実施、⑤地震大国である我が国が地震予知のため地震計の設置・点検、⑥海上遭難時の緊急避難場所として使用できる施設を建設し、非常用糧食、通信手段、宿泊用具等を常備、定期点検。
 この④については、小泉進次郎環境大臣が実施すると発表したが、実際には現地調査をすることなく、衛星調査で済ませることになった。なぜそこまで中国に配慮する必要があるのか。筆者と同様、多くの国民がこれに理解を示すとは到底思えない。
 これらの行為は防衛省以外の担当省庁が、公然と行うべきであるが、人的余裕と言う点で問題がある。ただこの機会に是非検討したいのが、「潜在的な防人」の活用である。具体的には若年定年制度、任期制度のある自衛隊の卒業生であり、国家公務員でありながら60歳までの雇用保障の無い、志の高い元自衛官である。彼らは年間約8,000人も輩出されており、その一部はすでに各自治体の危機管理担当として活躍している。これら有為な「潜在的な防人」の活用が、今後日本の防衛にとって鍵となるのではないか。
 
5.最後に
 これら平時に実施すべきことを堂々と行えなければ、部隊の尖閣での事前展開もできない。即ち、徒に不必要な自衛官や警察官の多くの死傷者を出す愚政を取ることにならざるを得ない。防衛の基本は「想定外のことを考え、これに備える」ことである。尖閣諸島の様な小島の争いで血を流すような事態は誰も好んで考えたくはないが、敢えてこれを考え、準備し、覚悟することによってのみ、流血事態を避けることが出来るのではないか。今我が国が直視しなくてはならないのは正に「寸土を失うものは、全土を失う」という現実である。
 
 
※本稿は令和3年2月25日に自由民主党国防議員連盟勉強会にて実施した講演を元に大幅に加筆・修正を行ったものである。本稿の内容は同議連参加者の見解・立場を反映したものではなく、個人としての見解をまとめたものであり、一切の責任は執筆者にある。
 
 
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