台湾問題を考える三つのポイント

.

顧問・東京国際大学特命教授 村井友秀

 米中対立が深まる中で4月16日に日米首脳会談が行われた。日米の協働が謳われた共同声明は、52年ぶりに台湾に言及し、台湾問題はルールに基づいて解決されるべきだと主張した。中国が絶対に譲れない核心的利益と主張する台湾が、日米中関係の焦点として浮上した。
 ルールとは何か。現代の国際社会のルールの基本は人権である。対立の中で大規模な人権侵害が発生すれば、周辺地域の平和と安全を脅かす恐れがあり、国際的関心事項として外国の介入が正当化される(保護する責任/RtoP)
 
1、台湾人は中国人か
 台湾問題の基本は台湾人の人権である。国連や国際法は民族が国家を持つ民族自決(一民族一国家)の権利を認めている。それでは台湾人は民族か。人間を外見(遺伝子)で分類した人種とは異なり、民族は歴史的に形成された運命共同体意識によって人間を分類する。人種は科学であり、民族の本質は感情である。「民族はその構成員が激情的に、満場一致的にそうであると信ずるがゆえに民族である」と言われる。中国共産党が主張するように、台湾人と中国人は人種が同じである。しかし、世論調査によると(政治大学、2020年)、台湾に住む人の67%が自分を中国人ではなく台湾人だと認識し、自分が台湾人ではなく中国人だと思っている人は2.4%に過ぎない。民族の本質が感情ならば台湾人は民族である。したがって、台湾人は一民族一国家をもつ権利がある。民族自決とは、民族が自らの意志に基づいて、その帰属や政治的運命を決定し、他民族・国家の干渉を認めない基本的人権である(国連総会、1950年)。
 また、中国を含む全ての国連加盟国は国連憲章を守らなければならない。「国連加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を如何なる国の領土保全又は政治的独立に対しても行ってはならない」(国連憲章2条4項)。これが台湾問題の本質である。尚、台湾での世論調査(政治大学、2020年)によれば、独立志向(35.1%)、現状維持(52.3%)統一志向(5.8%)であった。
 
2、第4次台湾海峡危機
 中国が核心的利益と主張する台湾問題はどのように進展するだろうか。
 西太平洋において米軍が中国軍を圧倒している現状を考えれば、中国の台湾占領作戦が成功するためには、外交交渉によって米国の介入を阻止することが絶対に必要である。外交交渉はギブアンドテイクであり、外交交渉で米国の介入を阻止するためには、台湾を失っても元が取れると米国が考える条件を提示しなければならない。米中対立が深まる中で、中国の海への出口を抑える台湾は米国の対中戦略の要であり、台湾を失うコストは米国の世界戦略にとって極めて高価である。世界の覇者の地位を失うつもりのない米国が、台湾を失っても満足するようなものを中国が提案することは出来ないだろう。米国の不介入が保証されない状況で、台湾に侵攻すれば米軍の参戦によって中国軍が敗北する可能性がある。共産党支配を支える大黒柱である中国軍が大打撃を受ければ、中国本土で共産党支配が揺らぐことになる。台湾本島占領作戦は中国共産党にとってリスクが大き過ぎる。
 他方、台湾が統治する中国沿岸の小さな島である金門島や馬祖島を占領する作戦はリスクが小さい。金門島や馬祖島は元々台湾省ではなく福建省の一部であり、台湾独立派が主張する独立台湾に含まれない島である。小さな島(180㎢)を失っても台湾の抵抗は限定的だろう。米国の世界戦略に対する影響も少ない。しかし、これらの島は1950年代に毛沢東主席が占領しようとして失敗した島であり、習近平主席が奪取に成功すれば毛沢東を超えたと主張することが出来る。習近平主席にとって政治的利益は大きい。
 現在の国際関係と米中の軍事バランス、そして台湾の抵抗力を見れば、中国共産党にとって、中国沿岸の小さな島を占領する作戦が最も合理的な軍事作戦になるだろう。
 
3、台湾は大坂城の外堀
 中国海軍がインド太平洋に出ようとすれば台湾の北と南の海峡を通過する以外に方法がない。台湾が中国に敵対的ならば中国海軍が南北2つの海峡を通過することが困難になる。しかし、台湾が中国の一部になれば、中国海軍は台湾から自由に太平洋に出ることが出来る。そうなれば中国海軍を第1列島線の内側に封じ込めるという米軍の戦略は難しくなるだろう。中国海軍が西太平洋に展開して日本を包囲することが出来るようになれば、日本の海上交通路が脅かされ日本の安全保障は危機的状況になる。
 今から400年前、豊臣家を滅ぼすことを決意した徳川家康は、20万の大軍を動員して豊臣秀頼の居城である大坂城を包囲した。しかし、大坂城の城下町を囲む8キロに及ぶ外堀に阻まれて本丸を攻撃することは出来なかった。膠着状態の中で休戦交渉が進められ、大坂城の外堀を埋めることを条件に徳川軍は引き揚げることになった。しかし、翌年徳川家康は再び大坂城を攻撃し、外堀が埋められて抵抗力を失った大坂城は15万の徳川軍の攻撃によって落城した。
 豊臣側は何故大坂城防衛の鍵であった外堀を埋めたのか。豊臣側には、外堀を埋めることを求める徳川家康の要求を呑めば、本丸は生き延びられるという根拠のない楽観主義があった。根拠のない楽観主義を豊臣側が信じたのは、徳川側に寝返った幹部の策動と徳川家康と妥協することが豊臣家にとって唯一の生き延びる道だと信じた豊臣家の家臣による説得があったからである。徳川家康にとって最強の武器は、豊臣家の為になると信じて実際には豊臣家を滅ぼすという徳川家康の策略に貢献した豊臣家の家臣であった。
 日本という本丸を守るためには、台湾という強力な外堀の存在が不可欠である。日本と台湾は運命共同体である。しかし、現在の日本にも、中国の世論戦、心理戦、法律戦によって、日本の為になると信じて中国の為になる活動をする日本人は存在する。また、安全保障に関して根拠のない楽観主義が蔓延している。
 台湾の政治は中国の政治的代理人と台湾人の戦いであり、日本の政治の中にも同様の傾向が見られる。台湾問題は日本人の安全保障観のリトマス試験紙になっている。