「林芳正外相、対中外交誤る勿れ」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 甘利明幹事長が辞任したため、外相ポストにいた茂木敏充氏が幹事長に抜擢され、空いた外相に林芳正氏が就任した。林氏は先代の義郎氏同様の親中派で、日中友好議員連盟の会長を父・子で務めた。外相就任直後に友好連盟の会長を辞任したが、その親中度を外交部門の官僚は懸念した。「敵を知る」ことは外交にも戦いにも不可欠の要諦だが、肝心なことは「己の立場」をどれだけ自覚しているかだ。親中派の見本のような福田康夫元首相は「人の嫌がることはしないでしょ。外交も同じですよ」と言って中国政府に専ら利用され続けている。
 林外相に自覚して貰いたいのは、日本と中国を見る視点である。林氏出身の宏池会は、中国が89年に天安門事件を起こして国際的に孤立していた時期、天皇・皇后両陛下に訪中を仰いで中国のご機嫌を取った。これはれっきとした「天皇の政治利用」で、外交上の大失敗だった。その後、中国は国際社会に何事もなかったかのように復帰した。その後、2001年にはWTOへの加盟によって中国は加速度的に発展する。西側が中国をWTOに加入させたのは、経済が良くなれば、中国も自由主義に染まっていくだろうといった甘い見通しからだった。ところがこの20年に起きたことは西側の技術と知的財産の“転移”だった。この転移のため、中国は「千人計画」と呼ばれる計画の下に学者集団を、米国を始めとする先進国に注入し、あらゆる技術を盗ませた。この間、軍事費は年間日本の4倍にも膨張。軍事専門家の中では中国の軍事力はすでに米国を超えたと評価する人もいる。
 この中国の膨張主義に対応して日本は安倍元首相が「自由で開かれたインド太平洋」を目指して日米豪印のクアッドを形成し、米豪英は軍事同盟AUKUSを結成した。
 一方で日米など技術先進国が取り組んだのは、先進技術分野における優位性の奪還である。一時期、通信機器販売の世界一は中国のファーウェイ(華為)だったが、同社製品にはバックドア(不正に侵入するための入り口)が仕掛けられていて、情報が常時抜き取られている可能性が指摘されるに至り、米国が輸出入禁止措置をとった。当時ファーウェイは世界を仕切っているようにさえ見えたが、肝心の中国の半導体の自給率はわずか15%程度だった。半導体製造会社の大手は台湾と韓国にある。それでも中国は5G基地局の分野で世界を制しつつある。
 中国はRCEP(地域的な包括経済連携)、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に望みを繋いでいるが、これらの協定は国有企業ばかりの国家のためにあるのではない。
 中国がWTOをぶち壊したのは、競争分野の技術を手に入れる一方、国有企業を咎められなかったからだ。RCEPやTPPは、WTO再生のための武器だと認識し、相手には、この条件で「きれいに相撲をとれ」と求めるのが、当面の林外相の仕事だ。
(令和3年12月15日付静岡新聞『論壇』より転載)