「対中外交を転換せよ」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 北京冬季五輪・パラに政府代表者を送るかどうかの「対中外交」にどうにか決着がついた。中国側に「外交ボイコット」という言葉を使わない上に、日本オリンピック委員会会長の山下泰裕氏らが出席するという。派遣される者の中には、東京五輪組織委員会会長の橋本聖子氏も入っている。日中でバランスをとって、双方の顔を立てたというのが、林芳正外相ら親中派の知恵ということらしいが、こういう姑息な対中外交はやめるべきだ。
 親中派の言い分は米中の真ん中に立って、米がどうにもならなくなったら「日本が口を利く」というものだ。習近平主席が「台湾を獲る」と断言し、「軍事力の使用もある」と脅しているのを日本はどう手助けできるのか。日本だけで尖閣諸島を守れるのか。守れないからこそ「台湾有事は日本有事になる」(安倍元首相)のだ。だからこそ日本は日米豪印のクアッド提携を結び、米英豪は軍事同盟のAUKUSを結んだ。仏独も軍事的な関心を示している。なぜ旧西側諸国がこぞって参加することになったのかは明白だ。自由と民主主義、基本的人権、言論の自由を守る決意を示しているからだ。
 香港を見れば、中国圏に取り込まれることが自由の終わりを意味することは、はっきりしている。元外務省欧亜局長の東郷和彦氏は「中国が言う(中台の)平和統一の枠組みに向かって彼らを説得する努力こそ必要ではないか」(月刊日本1月号)と言う。同氏は親中派の意見を代弁しているが、もはや日本が中国を説得できる時期は過ぎた。国民の9割が嫌っている国を相手にどのような外交手段があり、国民の意見をどうまとめるのか。
 我々が決死で守ろうとするものは「自由と民主主義」である。自由とか民主主義の一部を、中国との取引のために葬る訳にはいかない。これは日本にとっては絶対的価値である。米国にとっても、西欧にとってもこれは絶対的な価値だ。米国は新疆ウイグル自治区などでの人権侵害に対する非難決議を議会で決めた。これになぜ日本は呼応できないのか。中国は我々にとっての絶対的価値を危うくしているのである。これは自民、公明両党の執行部に責任がある。日本の国会で非難決議を見送って、中国から得るものがあるのか。得るものを犠牲にしても自由の価値を叫び続けるのが当然ではないか。
 「玉虫色外交ボイコット」(朝日新聞12月25日付)と軟化させて、中国への非難を弱めることは、自ら自由の価値、尊さを減ずることでもある。
 国家的目標は定まっている。自由と民主主義は米国が教えたとの教育を受けたが、明治元年に発せられた五箇条の御誓文はまさに民主主義の基本を述べたものである。自由の価値を引っ込めてまで得るほど価値のあるものは何もない。外交は他国に配慮するものだが、自らの価値観を殺してまで他国に配慮するのは本末転倒だ。中国に配慮する親中外交は清算すべきだ。
(令和3年12月29日付静岡新聞『論壇』より転載)