「歴史を経ても中華思想の国、中国」
―親中派林外相の中国観とは―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 林芳正外相はどのような中国観を持っているのか。その持ち様によっては日本外交に致命的な打撃を与えかねない。
 菅直人内閣時代、中国の漁船が日本の海上保安庁の船に体当たりを喰わせた事件があった。当然船長は拘留・起訴されるはずだったが、内閣は一転釈放を決め、特別便で船長を北京に送り返した。文字通りの土下座外交である。当時、仙谷由人氏(官房長官)に「何故そんなことをしたのか」と聞いたところ、「大昔に漢字を教えて貰ったからな」と言ったのには愕然とした。戦勝国は全て正しいという日教組教育の成果だな、と感じたものである。漢字の御恩と言うのなら、1900年初頭、清国の留学生が何万人も来日し、日本語から西洋文学、哲学なども学んだ。当時日本には横文字を翻訳した資料が山程あった。「イズム」を「主義」と訳し、哲学、自然科学などを全て漢字で表現した。留学生はこの日本語の翻訳を通じて西欧の新知識を吸収したのだ。現在、社会・人文科学方面で使われている中国語の単語の7~8割は日本語由来だという。仙谷氏の論理で言えば「どうだ、お礼を言え」ということになるが、そんなケチなことを日本人は言わない。 
 日本は2、3世紀頃に渡来した漢字から、平仮名を創り出し、10世紀には女性が書いた源氏物語や枕草子が誕生している。漢字を元に新しい文字体系を創り、文学をも創り出したのである。
 日本では、儒教の基本が孔子の「論語」であるという神話が根付き、インテリは論語を有難がる癖がある。中曾根康弘元首相は、私がお付き合いした政治家で最も尊敬する人であった。しかし中国問題となると、氏の考え方に常時、違和感を覚えた。かつて旧制高校の全寮制下で生活した秀才たちは、漢詩や漢籍を暗記したものである。彼らは押しなべて古き中国を尊敬していた。成程、立派な文章、格言は残っている。しかし本当に立派な国ならば、その遺訓を積み上げて立派な国家を作っているはずだ。
 現実はどうか。近隣諸国を無理やり併合して圧迫し、さらに侵略地を広げることしか考えない。かねて孔子の教えと違うだろうと、中国史の謎解きを試みてきた。その後、石平氏の書いた2つの著作『中国人の善と悪はなぜ逆さまか』(産経出版)、『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか』(PHP新書)を読んで、ようやく謎が解けた。簡単に言えば孔子や後にまとめられた論語の世界とは別に、儒教や朱子学が流行したというのが石平氏の分析である。
 中曽根氏は「中国には深い教養人が居る。そういう教養人と親交を結べば、後々の世代に親交を引き継いでいける」という考え方だった。しかし中国人の中華意識と他国を夷狄(いてき)とする思想は4千年間変わっていない。林氏はこのことをきっちりと理解した上での親中派なのか。
(令和4年2月16日付静岡新聞『論壇』より転載)