「戦後秩序をぶち壊すプーチン大統領の暴挙」
―中露主導の世界構築の決意か―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 プーチン大統領の今回の所業は、1945年の太平洋戦争終結後の秩序、さらに89年東西冷戦が終結した後の秩序をぶち壊すに等しい暴挙である。国連安保理で80数ヵ国がプーチン非難に賛成したのも、これまで世界が歩んできた道を皆が正しいと思っているからだ。だが中国の習近平主席が暗黙の支持を与えているのは、今後とも中露の二大国が足並みを揃えて旧秩序をぶち壊し、新しい中露主導の世界を構築していく決意からだろう。
 2月4日の五輪開会式に出席したプーチン氏と習氏が会談した時、すでに今回のロシアのウクライナ侵略の筋書きをじっくりと話し合ったはずだ。ロシアはウクライナを獲り、同様の論法で中国は台湾を獲る、という談合がすでに出来上がっていると見ていい。二人のトップが世界地図を動かせると信じているのは、ロシアの専制政治、中国の共産主義の体制が、自由主義体制より強くて長続きすると判断しているからだろう。
 プーチン大統領がウクライナに侵攻した直接の理由は、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟すれば“敵”と国境を接することになるからだ。そこでプーチン氏は、①ウクライナがNATOに加盟しない約束をする、②親ロシアの政権の樹立、という条件を挙げていた。しかし最も単純な解決策はウクライナ併合である。08年にロシアはグルジアに侵攻し、14年にはウクライナのクリミア半島を併合した。この一帯は、冷戦時代はソビエト連邦に組み込まれていたが、冷戦終結とともに各民族が独立した。今ロシアは、世界に敵はいないと見て、昔の大ロシア帝国の回復を構想しているに違いない。
 アメリカはオバマ大統領時代から「世界の警察官を辞めた」と言い、今後戦争は一度に1つしか戦えないと公言した。軍を欧州から引き揚げ、アフガンからも引き揚げた。目下準備しているのは東・南シナ海である。この姿勢は極めて明瞭で、今回も米国は「軍事介入しない」ことを明言している。またウクライナはNATOに加盟していないから、NATOが反ロシアで決起する訳にはいかない。ロシア周辺の諸国は皆、NATOに入りたいと思っているが、それは専制主義、共産主義を嫌っているからだ。中国の周辺国も同様だが、中国は同化政策によって包含する手法を取る。ウイグル人虐待に世界中から非難の声が出ており、反中感情は高まるばかりだ。
 二人のリーダーは、世界中を見渡して中露を相手にケンカに出てくる国はいないと踏んでいる。今頃は「予定通り行くゾ」とほくそ笑んでいるのではないか。戦争を嫌う雰囲気は、やくざ者を勇気づける。
 米国は日米豪印のクアッド、米英豪のAUKUSを形成しているが、米一国の軍事力では、台湾有事に始末をつけるのは困難だろう。当然、日本も全力を振り絞って戦う必要がある。国際情勢は、日米一体の軍事力でなければ収まらないところまで来ている。
(令和4年3月2日付静岡新聞『論壇』より転載)