対ロシア制裁と印露関係の将来

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上席研究員・安全保障開発政策研究所ストックホルム南アジア・インド太平洋センターセンター長 ジャガンナート・パンダ

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 ウクライナ危機により、インドを含む多くの国の対ロシア政策が国際的な検証の対象となった。評論家や学者たちは、印露関係が今後どう進むか注視している。インド政府は、ウクライナ戦争をめぐる対ロシア制裁がインドにどれほどの影響を及ぼすか、査定し始めた。2021-2022年度、インドの対ロシア貿易額は81億米ドルで、そのうち輸出は26億ドル、輸入は55億ドルであった。国際決済に必要なSWIFT銀行間システムからロシアの金融機関を排除する国際制裁は、確実に、防衛装備、電気機械、鉄鋼、無機化合物・肥料などの分野に影響を及ぼすだろう。その影響は重大だが、インドのミークナシー・レーキー外務副大臣は「インドの対ロシア政策は、インドの利益に基づいて決める」と述べた。
 インド政府にとって、現在混乱してはいるが、ロシアのような長期的パートナーとの協力関係を保持することは既得権であり、インドは既に貿易関係の維持へと踏み出している。同時に、制裁によりロシアは原油価格を大幅に値引きして売ることを余儀なくされており、インドはこの機を逃さないよう躍起になっている。この数週間で、大手国営石油会社2社が500万バレルを既に買い付けている。この動きは、ロシア経済を孤立させるための共同歩調を阻害するものと見え、このような重要な時期では、米印関係を複雑なものにするかもしれない。だが、インドの立場に基づいた実利主義的な決断も考慮されてしかるべきであろう。インドは原油需要の8割を輸入に頼っており、新型コロナの感染拡大と世界的なエネルギー価格の上昇がもたらした財政への影響を考えれば、値引きされたロシア産原油は喉から手が出るほど欲しい。
 特に防衛分野においてインドは、その7割の装備品をロシアから購入しており、防衛技術の入手が短期的ではあるが阻害される可能性がある。だが、インドとロシアは既に防衛協力計画や、向こう10年に及ぶいくつかの大型パイプライン事業、さらに科学・技術、技術革新の分野における新しい計画を立ち上げることなどでも合意している。
 さらに、インドはロシアとの貿易を維持するため、既に代替の決済メカニズムを作り始めている。例えば、近頃合意されたルピー・ルーブルを介したロシアとの原油取引はこの一環である。その目的は、ロシア産原油や、インドの農業主体の経済に不可欠な肥料などの購入を可能とし、未払い代金の支払いを円滑に進めることにある。現行の懸念は、制裁が特にロシア製防衛装備品に対する支払いをより困難なものにし、防衛に影響するほどの遅延をもたらすことである。
 だが、インド政府にとっての差し迫った懸念は、米国と西側諸国が制裁の範囲を「二次制裁」にまで広げようと真剣に考えていることである。これはより甚大で直接的な影響をインドに及ぼすことになるだろう。それはロシアの事業体と個人に留まらず、①米国の制裁に従わない者、②それを弱める者、③制裁から組織的に逃れようとする者――これら第三者にも適用され得る。もしこの新しい制裁が科されれば、ロシアとの貿易計画を進めているインドは大きな痛手を被ることになるだろう。これはモディ政権も理解している。
 インドがロシア製の防衛装備品に大きく依存していること、また、新しい安全保障環境において中国の脅威の増大を認識していることからも、インドがロシアからの調達を断ち切ることはあり得そうもない。しかし同時にインド政府は、将来起こる防衛装備品・交換部品のサプライチェーンに生じる混乱に責任を負うことも承知している。従ってインドは、国内での開発・生産を進めることを重視しつつ、同時にフランスやスウェーデンのような重要なパートナー国との関係を拡大することで、武器の調達先を分散しようとするだろう。
 ロシアがインド最大の武器輸入先である一方、インドの武器輸入の中でロシア製の占める割合は、2016年から2020年の間で49パーセント減少した。この減少は、インド政府が進める国産化の方針に伴うものであった。インドはロシアと絶縁する立場にないが、更なる混乱を回避するため、長期的に見れば対ロシア依存度を下げる方向へ進むだろう。つまりインド政府の目的は、買い手と売り手の関係から、軍事・技術協力の関係に移行するということである。
 多国間主義から見ると既にある程度ウクライナ危機の影響はBRICSの国々に波及しており、BRICS銀行―新開発銀行(NDB)―は、「不確実性を広げ規制を緩める」との理由からロシアでの取引を停止させられた。しかし、それ以上に、ロシアの侵略はBRICSが長年築き上げてきた協力と結束にとって真の試練であることに疑う余地はない。今のところ、ブラジル、南アフリカ、インド、中国の全てが国連の対ロシア非難決議を棄権している。ブラジル、南アフリカ、インドはそれらが堅持してきた中立的な立場に、また中国はロシアへのより融和的な姿勢にそれぞれ従ったかたちだ。しかし、この状況が落ち着いた時にBRICSが統一的な行動をとれるかは不透明だ。より重要なことはおそらく、BRICSが結束して途上国の諸課題を解決するというBRICSの戦略をウクライナ危機が妨げてしてしまうことだ。
 アジア・インフラ投資銀行(AIIB)の出方も注目する必要がある。3月上旬に発表された声明でAIIBは、国際法は重要だとして、ロシアとベラルーシに関係する全ての活動を停止し見直すと発表した。興味深いことに、ロシアは中国、インドに続いて3番目のAIIB出資国である。それ故、ロシアの侵略に対しては多国籍組織も行動すべきだとの圧力が、印露中間の関係、更にはAIIBの中立原則に勝ったことになる。
 中国の王毅外相は張明・上海協力機構(SCO)事務局長に対して、機構は「ウクライナ危機によって生じたいろいろな推測の中で、もっと積極的な行動を取るべきである」と述べた。ロシアが2008年にジョージアで行動を起こした際、タジキスタンで開催されたSCO首脳会議で支持を得ようとしたのに対し、中国政府はこれを阻止しようとしたが、今回は対照的である。プーチンはウクライナ情勢を巡るSCO加盟国の取り組みは「同一もしくは同様」であると、ロシアの立場への理解を称賛した。西側はロシアに制裁を科したが、SCOに加盟しているユーラシアの同盟国に目を向ければ、それはロシアを支援する道であるとロシアと中国には映る。従って、SCO開発銀行設立のような動きが今後模索されることになるかもしれない。
 インド政府は、SCOを中央アジアとの関係強化の手段というよりも、アジア全体に関与する手段とみなしている。長年共有してきた安全保障上の利益として、インドは「ルック・ノース(北を見る)」政策や「中央アジア連接政策」を発展させてきたが、これらが「アクト・イースト(東へ活動する)」政策より重要であるとは言えない。パキスタンとインドはSCOの正式な加盟国になったが、SCOの方針は中露両国によってほとんど決定されている。その方針とは、中央アジアの発展を通じてロシアの孤立を緩和することである。これは必ずしもインドが望む方向ではないが、ロシアがインドの戦略立案に影響を及ぼす大国であることには変わりなく、今後も様々な要因に左右され続けるだろう。