「ロシアの末路」
―プーチンの思惑外れたウクライナ侵攻―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 ロシアがウクライナ侵攻を開始したのが2月下旬。これを契機に世界情勢は様変わりした。まずロシアは自ら下級国家に落ちた。自由主義国がこぞって経済交流の停止に踏み切り、戦争が終わってもすぐに元通りに戻ることはない。200に近い国連加盟国の内150ヵ国がロシアを非難し、小国を侵略する手口の汚さを蔑んだ。最早、名誉回復の余地はあるまい。
 世界中から嫌われ、つま弾きにされたロシアの存在は中国にとっても予想外のことだったろう。ロシアは中国の横に並び立ち、中国と共に世界を牛耳るつもりでいたはずだ。ところが中国は熱心にロシアを助けることが儘ならなくなった。熱心になればロシアの悪徳と同一視されかねない。ロシアの将来はなくなったと見ていいだろう。
 ロシア国内の世論調査でプーチン支持率が8割に上ることをもってプーチン時代はまだ安泰と予想する専門家がいる。しかし国家を批判すれば15年の懲役、などという言論統制が行われている国で「プーチンに反対」といった考えを漏らす一般人はいないはずだ。
 経済状態は厳しく、特にロシアが優れているIT分野の専門技術者、数十万人が出国したという。有力紙コメルサント紙は「技術者の流出はロシアのデジタル化を遅らせる可能性がある」と指摘している。同紙によるとIT人材の不足は、現在でも50~100万人だという。
 プーチン氏が宣言した「48時間以内にキーウ(キエフ)を占領する」という思惑がなぜ狂ったのか。周辺国のウクライナ援助のスピードの速さは意外だったに違いない。特にドイツの政策転換は思いもかけなかったのではないか。ドイツの転換によって自由主義陣営が固まるスピードが速まった。
 威圧感をもって台湾に圧力をかける中国の目論見は崩れた。一国で台湾に臨まざるを得ないが、ロシアのウクライナ侵攻の失敗を見て、根本から戦略を立て直さねばならないだろう。台湾有事に当たって中国は、クアッド(日米豪印)やオーカス(米英豪)がまとまって介入してくることも予想しなければならない。台湾有事について軍事専門家らは、まず制空権を握ってから、猛烈な空襲とともに落下傘部隊が降下してくる、などと予想していた。しかしロシアの失敗は、制空権が獲れない結果、戦車隊が攻撃されたためだ。
 台湾は今、上海を狙えるミサイルを量産中であるという。上海が壊滅すれば中国の将来は危うくなる。一方で台湾は民主主義体制を守りたいだけだ。そのために香港と同じ歴史は辿らないと決心している。政治体制を守るためなら戦争も厭わないつもりだ。安倍晋三氏は、米国は台湾を防衛する意思を「明確にすべき」と発信している。米台の間で結んでいる台湾関係法には軍事協定はなく「曖昧戦略」と呼ばれてきたが、米国の軍事介入の覚悟を示す方が抑止力に繋がるだろう。
(令和4年5月3日付静岡新聞『論壇』より転載)