澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -342-
孟CFOの旅券と「官商癒着」の中国企業

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知のように、今年(2018年)12月1日、カナダ当局が米国政府の要請を受け、ファーウェイ(華為技術)の副会長兼CFOの孟晚舟を逮捕した(同日、ファーウェイと関係が深かった天才物理学者、張首晟が自殺している)。
 その後、孟晚舟容疑者は日本円で約8億5000万円を支払い、釈放が認められた。そして、孟は、ブリティッシュ・コロンビアの自宅へ戻った。
 現在、孟はカナダ当局の監視対象になっている。彼女は海外逃亡しないように、所持していたパスポートは全て取り上げられ、かつ、居場所を特定できるGPSを装着されているという(因みに、北京政府は、カナダへの報復措置として、中国国内のカナダ人2人を拘束した)。
 孟晚舟は、少なくとも中国パスポート4冊と香港のパスポート3冊、合計7冊を所持していたという(8冊説もある)。
 かつて周永康(無期懲役で服役中)の秘書だった周本順(2015年10月失脚。元湖北省トップ)が中国のパスポート12冊を所持していた事実があるので、孟は数で周には及ばない。
 だが、何故、孟晚舟がそれほど多くの中国のパスポートを所持していたのか不思議である。(依然「前近代」にとどまる)中国が、パスポートを2冊以上発行するのは、一応、理解できよう。
 だが、「近代官僚制」が敷かれているはずの香港が、同一人物にパスポートを3冊発行するのは異常ではないか。この点について、林鄭月娥・香港行政長官が言い訳しているが、常識ではあり得ない。北京政府の圧力で、香港の「近代官僚制」が脆くも崩れ始めた証左だろう。香港の「中国化」が昂進し、いつの間にか香港が「前近代」に逆戻りした観がある。
 さて、孟晚舟の父親でファーウェイの創始者である任正非は、人民解放軍の技術者だった。だが、任は人前に出たがらなかったので、長い間、謎の人物とされた。
 一般に、中国の民間企業が成長するためには、中国共産党のバックアップが不可欠である。表面上、ファーウェイは、民間企業を装っているが、実際は人民解放軍が同社を支援してきたのではないか。
 民間企業では、社内に多くの中国共産党員を抱え込まない限り、企業の存続が危うい。逆に、役員も共産党員が多数就任すれば、仕事がスムーズに運び、企業は発展する。このように中国では「官商癒着」が“常態化”している。
 かかる状況下では、その会社がはたして民間企業なのか、国有企業なのか、線引きが難しくなるだろう。
 昨今、習近平政権は、民間企業をさし置いて、国有企業を優先している。その方が、共産党が直接統治しやすいからだろう。
 だが、大半の民間企業でも、共産党員が跋扈しているので、正確には「党有企業」と呼べるのかもしれない。けれども、それらの企業が正常に機能しているのかと言えばかなり疑わしい。何故なら、企業が経済の論理ではなく、政治の論理(政治的思惑)で動いているからである。
 ところで、目下、米トランプ政権は、ファーウェイ製品に組み込まれた「スパイチップ」を警戒し、同社製品、及びZTE(中興通訊)製品を米市場から排除しようとしている。それに対し、習近平政権は、お得意の「不買運動」(差し当たり、アップル製品が対象)を行うつもりだろう。
 では、「米中貿易戦争」で両国のうち、どちらのダメージが大きいかと言えば、間違いなく中国の方ではないか。ファーウェイやZTEが次世代を担う5G競争から脱落すれば、中国共産党の通信網優勢(=サイバー空間支配)が難しくなるだろう。
 最後に、今の「米中貿易戦争」状況について触れておきたい。アルゼンチン・ブエノスアイレスで開催されたG20の米中首脳会議では、結局、中国側が米国に譲歩せざるを得なかった。
 そこで、早速、12月12日、北京政府は、米国産大豆を約150万トン(およそ5億米ドルに相当)購入した。また、中国の対米自動車関税を40%から15%へ引き下げるという(既報の通り、「米中一時休戦」直前、北京は既に米国産豚肉を約3300トン輸入していた。依然、国内22省市にまで拡大した「アフリカ豚コレラ」のアウトブレイクが止まらないためである)。
 つまり、我々が従来から主張していたように「米中貿易戦争」で中国側が完全に折れた形となった。事実上の“敗北”である。北京は、もはや景気悪化が内外に覆い尽くせないほどの状況へ陥った。そのため、習近平政権(正確には、習主席だけ?)は、ついに“面子”をかなぐり捨てたのだろう。