澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -372-
中国の脆弱性を示す「アフリカ豚コレラ」

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2019年)4月4日、「アフリカ豚コレラ」(以下、ASF)が中国の非感染地帯(3行政区)の1つ、新疆ウイグル自治区へ感染拡大した。3日後の7日には、チベット自治区へウイルスが侵入した。更に、同月19日、ASFは海を隔てた海南省まで拡がり、ついに中国全土(自治区を含む31省市)全てが、ASF感染地帯となった。
 ASFが恐ろしいのは、ワクチンが未だ開発されていない点である。致死率はほぼ100パーセントで、感染した豚を必ず殺処分しなければならない。更に、一旦ある国にASFが蔓延すると、その撲滅には数十年を要する。
 中国は世界の豚肉約半分を生産し、それらを自ら大部分消費する国である。
 同国自体、豚肉を輸出もすれば輸入もする。従って、ASFによる中国の現状は、世界を憂慮させている。
 中国へASFが流入したのは、ロシアからのルートでほぼ間違いない(「米中貿易戦争」勃発で、安い豚肉が米国から中国へ入らなくなったので、ロシアから豚肉を輸入したからである)。
 しかし、習近平政権は、ASF感染ルートをしっかり特定化できなかった(ひょっとすると、北京が手を抜いて「しなかった」のかもしれない)。その間に、ASFが豚の飼料に混入した。中国大手飼料製造会社がASF入り飼料を販売し、拡散したのである。そのため、習政権の対応が後手に回り、ASFが全国に蔓延したと考えられる。
 我が国のように、割とちゃんと防疫対策を施している国でさえ、依然、「豚コレラ」(ASFよりも感染力は弱く、ワクチンも存在)拡大に戦々恐々としている。
 ところが、中国共産党はASFの防疫がきちんとできなかった。同党は、ウイルス汚染が拡大しているにも拘らず、面子を重んじてか、ASFを制圧できると一貫して豪語していた。結局、防疫対策の遅れで、ASFの拡大は止まらなかったのである。
 今後、中国では、生豚約7億頭(約4億頭説もある)中、2億頭がASF感染すると予測されている。とすれば、中国だけでおよそ30%~50%の豚肉が減産となるだろう。世界的に見れば、約15%~25%の減産である。
 近い将来、豚肉の価格は中国国内ではもとより、世界的にも急騰するだろう。同国内では、既に牛肉や羊肉の値段も上昇している。
 さて、近年、欧米・日本と比べて、中国の科学的優位性を主張する評論家達がいる。確かに、ある一面、その通りかもしれない。
 中国共産党は2015年から「中国製造2025」を掲げ、一部の先端技術分野で米国を凌駕し、世界的な覇権を握ろうとしている。
 5G(第5世代移動通信システム)やAI(人工知能)、ロボット、スーパー・コンピューター、バイオ医薬、新エネルギー自動車、有人宇宙飛行等である。
 特に、5Gは米中の覇権争いになっている。カナダでのファーウェイ(華為技術)の副会長、孟晩舟の逮捕は、それと無関係ではない。
 しかし、評論家らは、一部の現象や論文数等の上辺しか見ていないのではないか。
 第2次大戦後、自然科学系でノーベル賞を受賞した中国籍の中国人は、2015年の「ノーベル生理学・医学賞」(マラリアに対する新たな治療法に関する発見)に輝いた屠呦呦ただ1人だけである。
 因みに、戦後、我が国の自然科学系ノーベル賞受賞者は、23人(受賞時、米国籍だった南部陽一郎・中村修二の両氏は除く)もいる。
 一方、中国には人権の概念(倫理観)が殆んど希薄である。何でも研究可能な環境下にあると言っても過言ではない。
 例えば、遺伝子におけるゲノム編集である。昨2018年11月、深圳の南方科技大学の賀建奎副教授が、遺伝子を操作してエイズウイルスに耐性をもつ双子の女児(いわゆる「デザイナーベビー」)を誕生させたと発表した。
 また、今年4月、中国の研究グループ(昆明動物研究所が主導)が、人間の脳の遺伝子をサルに移植し、認知機能を向上させたという論文を発表した。当然、国際的に物議を醸している。
 評論家らは、前述のような中国におけるASF等の拡大に対し、どれだけ関心を払っているのだろうか。中国の科学技術に対する“過大評価”は、「張り子の虎」を称賛するに等しい。
 いくら中国で一部の分野で科学技術が発展しようと、北京がASFの封じ込めに失敗したという事実を忘れてはならないだろう。これは、中国の脆弱性を物語る証左ではないか。