澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -396-
苦闘が続く習近平主席

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2019年)9月3日、習近平主席は、青年幹部らに重要講話を行った。その際、習主席は55回以上も「闘争」と言う言葉を使用している。目下、習主席は、共産党で党内闘争を行っていると見られる。
 その原因は(1)一向に改善されない中国経済(2)いつまでも続く「米中貿易戦争」(3)収束しない香港デモ(4)5Gを巡る覇権争いで、ファーウェイ(華為技術)が限界(5)アジアに蔓延する「アフリカ豚コレラ」(以下、ASF)等が、習近平政権の足を引っ張っているのではないか(ファーウェイ問題とASF問題は後述)。
 以上のように、習近平政権の経済・金融政策、外交政策、対香港政策は、行き詰まっている観がある。そのため、「習近平派」と「反習近平派」が、党内バトルを繰り返しているのではないか。
 清朝末期、あくまでも体制を死守しようとする「皇帝派」と改革を目指す「洋務派」に分かれた。現在も、当時と同じように、現習近平体制を死守しようとする「皇帝派」と、今のままでは共産党独裁体制が潰れかねないので、変革を目指す「改革派」の二派に分かれている状況かもしれない(栗戦書や王滬寧が「皇帝派」の代表格と見られる)。
 今の中国では、いったん失脚し、党籍を剥奪されたら最後、それは死を意味する。習近平主席は、散々、「江沢民派」と一部の「共青団」(=胡錦濤派」)を苛めてきた。自分が失脚したら、米国へでも逃亡しない限り、間違いなく牢獄に入れられるだろう。
 では、仮に、習主席が失脚した場合、主席に代わって誰がそのあとを継ぐのか。常識的には、首相の李克強(党内序列も習主席に次ぐ2番目)ではないだろうか。しかし、別の幹部がダークホースとして急浮上する公算もある。
 さて、すでに旧聞に属するが、今年8月14日、米当局は廈門大学の副教授(准教授)の毛波を逮捕した(毛はテキサス大学アーリントン校客員教授でもある)。
 毛波は、米カリフォルニア州テクノロジー企業(CNEX)の企業秘密を盗取し、それをファーウェイに流していたという。廈門大学とファーウェイは協力関係にあったのである。
 被告の毛波は、逮捕6日後に10万米ドル(約1080万円)の保釈金を支払い、釈放された。普通、一介の大学教員が、10万米ドルの保釈金を簡単に用意できるはずがないだろう。人民解放軍と近いファーウェイが、毛波の保釈金を支払ったと考えられる。
 米政府は、ファーウェイに対し、対イラン制裁違反やTモバイルUSからの企業秘密窃盗の疑惑を巡る刑事事件の捜査を進めている。
 近年、ワシントンは、徹底してファーウェイを追い詰め、5Gの世界制覇を狙う北京の足元を揺るがそうとしている。トランプ政権は、絶対に覇権を中国に渡さないつもりだろう。
 ちなみに、なぜ北京は他国の知的財産を盗むのか。我々がたびたび指摘しているように、中国には技術力が不足しているからである。同国にオリジナルの高い技術力があれば、他国から技術を盗む必要がないだろう。
 一方、アジアでは、依然、ASFが猖獗を極めている。
 昨(2018)年8月、遼寧省でASFの発症が確認された。「米中貿易戦争」で、中国側が米国産豚肉に高関税をかけたため、ASFの汚染地域であるロシアから豚肉が輸入されている。その中に、ASFが含まれたために、中国の豚に感染し、中国全土へ蔓延したと思われる。
 中国(世界の豚肉生産の半分を担う)では、国内で豚肉不足が起こり、豚肉が急騰している。同時に、羊肉・牛肉・鶏肉の価格も高騰した。
 ASFはやがてモンゴル、ベトナム、カンボジア、北朝鮮、香港、ラオス、ミャンマーにまで拡大した。
 最近、ASFはフィリピン(9月9日)と韓国(同17日)でも発症が確認されている。
 前者は、ユーラシア大陸と海で隔てられているので、ASFが入り込む余地は限られている。例えば、中国人旅行客がASF入り餃子・ソーセージ等を同国に持ち込んだか、中国産のASF入り豚の飼料を使用したかのいずれかではないか。ひょっとすると、韓国も(38度線があるので、北朝鮮ルートではなく)フィリピンと似たような流入の仕方をしたと考えられよう。
 周知の通り、ASFは「豚コレラ」(日本の関東地方でも流行り出した)と違って、未だワクチンが開発されていない。いったん、豚がASFに罹患したら最後、致死率ほぼ100%である。
 北京は、国内の豚肉の不足分を補うため、主に米国産を輸入している。それは、習近平政権が「米中貿易戦争」の中で、少しでもトランプ政権から譲歩を引き出したいからではないだろうか。
 しかし、中国経済・「米中貿易戦争」・香港デモだけでなく、ファーウェイ問題やASF問題を抱えている限り、習近平主席の苦闘はまだまだ続くだろう。