澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -411-
豪州へ亡命した中国人スパイ

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2019年)11月26日付『ワシントン・ポスト』紙によれば、ここ1週間ほどで、習近平主席は3つの悪いニュースに接したと指摘している。
 第1に、11月16日付『ニューヨーク・タイムズ』紙が、新疆・ウイグル自治区の収容所(再教育キャンプ)に関する詳細なレポートを報じた。
 第2に、同月23日、オーストラリアの『シドニー・モーニング・ヘラルド』紙は、自称、中国のスパイだったという王立強(William Wang)が、香港と台湾、それに豪州で行っていた諜報活動を暴露している。
 第3に、翌24日、香港で行われた区議会選挙で「民主派」が8割を超える議席を獲得し、「親中派」を撃破した。
 ここでは、第2の「王立強亡命事件」について取り上げたい。
 今年10月、自称、中国のスパイ、王立強(福建省出身の26歳)が、オーストラリアに亡命した。王は、今年5月頃から豪州保安情報機構(Australian Security Intelligence Organisation;略称ASIO)へ中国関連の機密情報を流している。王立強は、名前自体が仮名であるという(あるいは、ひょっとすると、王強かもしれない)。
 王は、スパイ活動に嫌気を差したので、オーストラリアへ亡命したという。ちなみに、王は中華民国や大韓民国のパスポートも所持していた。
 この王立強なる人物が、本当に豪州への亡命を求めたのか、それとも「二重スパイ」となるため、わざと同国へ亡命したのか定かではない。
 前者ならば、大いに結構である。だが、亡命後、王立強が「二重スパイ」として、中国本国に豪州の秘密情報を流す事も十分考えられる。
 『孫子』を読めばわかるように「二重スパイ」とは相手の懐に飛び込み、さも味方の振りをして敵を欺く。中国の古典的手法である。王に、その疑いが残る限り、豪州や台湾は、王の情報を慎重に精査しなければならないだろう。
 さて、王立強が語った香港での主な“業績”は、2015年12月、銅羅湾書店の株主、李波を誘拐し、中国大陸に連れ去った事である。
 銅羅湾書店は、自社で製本し発行を行う。同書店は『習近平とその6人の愛人達』(その中の1人が、1989年の「民主化運動」の指導者、柴玲だと言われる)という本を発行予定だった。
 習近平政権は、この事を知って、同書店全員を拉致・連行したのである(桂民海はタイにいたので、中国共産党は同国から拉致した)。
 実は、李波は中国大陸で、自らの意志によって、ここにやって来たと言わされている。それでも、李波は翌年3月、香港へ戻れたので、まだ良かった。
 その後、李波は中国での出来事を全く語ろうとしなかった(スウェーデン国籍の桂民海の場合、いったん釈放された後、2018年1月、再度、中国国内で拘束されている)。
 他方、王立強の香港おけるスパイ活動は、次のようなモノである。
 まず、中国の学生に奨学金や旅行代、教育基金等を出し、香港に招く。そして、彼らに偽の「香港独立」組織を作らせる。彼らは、若い香港人を勧誘して組織に加入させた。そして、加入したメンバーが、どのような人物なのか、また、家族関係はどうなっているのか等を探らせたという。
 王は、香港関連で中国共産党から毎年5000万元(約7億7800万円)の工作費が出たと語っている。
 一方、台湾に関して、王立強は、昨2018年、民進党へ20万回のサイバー攻撃を仕掛けたという。
 また、来年1月の台湾総統選挙に向け、国民党の総統候補、韓国瑜を支持するよう、台湾メディアに対し、選挙資金15億人民元(約233.6億円)を配った、と王は証言している。
 ただし、これらについて、真偽についてはわからない。
 韓国瑜は王の発言に関して、これは次期総統選挙で自分を落選させるための策略だと主張する。中国共産党も、民進党が「王立強亡命事件」を次期総統選挙に利用していると非難した。
 しかし、現時点で、すでに蔡英文再選は濃厚である。だから、民進党自ら何か仕掛ける必要はないだろう。同党は、今のままで、じっとしていれば、ほぼ確実に勝利できる。余計な事をすれば、かえって、逆効果になりかねない。したがって、おそらく中国共産党の民進党非難は、単なる言いがかりに過ぎないのではないか。
 なお、王立強は、台湾工作に関して、龔青(中国創新投資理事会主席兼行政総裁である向心の妻)と関係の深い女性を、直接、使って操作していたという。
 王がその事を暴露した後、台湾法務部(省)調査局は、桃園国際空港で出国しようとしていた向心・龔青夫妻を逮捕している。
 今後、法務部(省)が夫妻を調べれば、(王立強の素性を含め)真実が明らかになるに違いない。