澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -116-
謎が謎を呼ぶ“雷洋変死事件”

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年5月上旬、北京で雷洋という29歳の青年が謎の死を遂げた。この事件をめぐり、中国のネット上では、様々な憶測を呼んでいる。ここでは、これまでの事実関係を整理し、その疑問点を挙げるだけにとどめたい。
 雷洋は、湖南省常徳市澧県出身の共産党員で、中国人民大学大学院修士課程を終えたエリートだった。ちなみに、人民大学は、北京大学や清華大学と並ぶ中国の重点大学の一つである。 雷洋は、生前、(国務院国有資産監督管理委員会傘下にある)中国循環経済協会の生態文明センター主任を務めていた。
 雷洋は、妻と生まれて間もない一人の娘と共に3人で北京市郊外の昌平区に住んでいた。 5月7日事件当日、雷洋は夜20時30分頃、北京首都空港で知り合いを出迎えた。その後、北京のある「足マッサージ店」(裏では売春を行っていた)へ行ったという。
 一方、20時40分頃から、昌平東小口派出所の邢永瑞・副所長と4人の補助警官(中国語は「協警」。本当の警官の持つ権限はなく、正式な警官の管理下で働く)が、その店の前付近で張り込んでいた。
 後に、警察当局が監視カメラの映像を検証した結果、雷洋は21時04分、足マッサージ店付近へ来ていた。21時14分、雷洋が足マッサージ店から出て来たところを買春容疑で逮捕された。 逮捕の過程で、雷洋は逃げようとして暴れた。その間、雷洋は「ニセ警察に捕まった、助けてくれ。」と周囲に助けを求めている。彼らは雷洋の身柄を再び拘束し、“黒い車両”の中へ雷洋を押し込めた。
 まもなく、正式な身分の警察官がやって来た。そして、雷洋をその“黒い車両”からパトカーに乗せて派出所へ連行した。おそらく、この前後に、雷洋は警察官や補助警官から暴行を受けたと考えられる。
 1時間も経たない22時09分、雷洋は突発的な心臓病を発症し、昌平区の中西医療結合病院へ運ばれた。その時、すでに雷洋のバイタルサイン(生命兆候)はなかった。22時55分、同病院は雷洋の死亡を宣告している。
 日付が変わった翌8日午前1時、昌平東小口派出所からは、雷洋の妻に夫が突発的な心臓病を発症して死亡したとの連絡が入った。
 午前4時30分、雷洋の妻ら親族が、多くのアザが残っている雷洋の死体を確認した。そして、警察当局は、検死をするため、雷洋の死体を北京市公安局へ送っている。
 翌5月9日、かつての同級生が、この雷洋変死事件に対し、以下の疑問を投げかけた。
 第1に、雷洋は、サッカーが好きで身体も健康だった。そんな人間が、なぜ突発性の心臓病を発症したのか。
 第2に、雷洋はすでに警察に買春容疑を自供していたというが、なぜ雷洋が車から飛び降りたのか。ちなみに、雷洋が車から飛び降りた時の外傷は見られない。
 第3に、警察は、なぜ雷洋の容体が急変し病院へ運ばれた時点で、即刻、家族に連絡しなかったのか。
 第4に、雷洋の携帯から一連の情報が削除されているが、なぜ消されたのか。
 実は、この事件には、まだ腑に落ちない点がある。
 第1に、雷洋の妻の証言では、雷洋は「足マッサージ店」へ行って、買春をするような人間ではなかったという。
 第2に、事件の起きた5月7日は、雷洋とその妻の“結婚記念日”だった。そのような特別な日に、普通、男性が「足マッサージ店」へ買春しに行くとは考えづらい。
 第3に、仮に、当日、雷洋がその「足マッサージ店」で買春をしたとしても、10分足らずで店を出て来るのは、いかにも不自然である。あまりにも時間が短すぎはしないか。ちなみに、雷洋は足マッサージ店員(売春をした女性)に200元(約3400円)支払ったとされる。
 第4に、5月8日の0時19分(雷洋が死亡直後)、雷洋の父親が息子の携帯電話へ電話した。その際、誰か電話に出たが、無言だったという。雷洋のアップル製携は、指紋認証と暗証番号がないと使用できない仕組となっている。他の人間が携帯には出られないはずである。
 第5に、その時、一緒に逮捕された売春婦の所持していた小さな雨傘と彼女の体内から雷洋の精液が検出されたという。警察が、DNA鑑定で、雷洋の買春を突き止めるには、もっと時間がかかるはずである。
 いきなり警察は雷洋を買春容疑で逮捕したが、その時点で、まだ雷洋が単に足マッサージを依頼したのか、それとも買春したのか、わかるはずもない。
 警察による雷洋逮捕は、初めから予定されていたのか、それとも、警察による誤認逮捕だったか、現時点ではわからない。
 以上のように、謎が謎を呼ぶ事件である。今後、事件がどのように展開するのか予断を許さない。