澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -151-
学費を騙し取られ死んだ中国大学入学予定者

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)8月21日、9月からの大学入学を待たずして、中国山東省臨沂市在住の1人の女学生(18歳)が息を引き取った。
 彼女の名前は、徐玉玉という。徐は、6月に実施された全国大学統一入試で586点を取り、南京郵電大学英語系(英語学科)に合格している。
 徐玉玉死亡直前の8月19日、徐の母親(李自雲)に一本の電話がかかってきた。これが“悲劇”の始まりである。母親は娘の奨学金に関する大事な要件なので、電話を徐本人にかわった。
 実は、2日前の17日、徐玉玉の父親(徐連彬)は、娘を連れて、教育局へ奨学金申請に行った。その際、教育局は、徐玉玉が奨学金を受け取れる可能性を示唆している。
 その電話の主は、大学から徐に奨学金2600元が支給されると言った。徐玉玉の銀行カードには、いつでも大学に学費等(学費5600元、寄宿代1000元、その他3400元は生活費)を納められるように、1万元(約15万円)が入っていた。
 その中の9900元を指定先に振り込めば、それに2600元がプラスされて戻る(合計1万2500元)と電話の主は説明した。
 徐玉玉は疑いもせず、その電話の指示に従い、すぐに家の近くのATMから指定口座に9900元を振り込んだ。ところが、これが詐欺だったのである。
 すぐに徐は変だと気づき、家族と共に公安の派出所へ被害届けを出しに行った。だが、その帰りに、徐玉玉は失神して意識がなくなった。すぐに徐は病院へ運ばれたが、手当ても空しく死亡している。
 徐玉玉の父親は、工事現場でアルバイトをしていた。月収3000〜4000元である。母親は体が不自由で働けない。
 山東省臨沂市は発展から取り残された地域である。徐玉玉の家族は貧しかった。徐が詐欺に遭った9900元は、節約すれば、一家は半年以上も生活できる額だったのである。
 徐の父親は、彼女の学費等の一部を親戚等から工面している。彼女は、その“虎の子”の大金を騙し取られた。徐が卒倒したのも理解できる。
 ただ、日本人ならば、たとえ卒倒しても、死に至ることはまずあるまい。徐玉玉は、以前、健康に問題があったわけでもない。それにもかかわらず、徐は突然の心停止で死亡している。よほどのショックだったに違いない。
 山東省臨沂市公安は、この事件を重く受け止め、早速、8月26日に調査を開始した。そして、公安当局は犯人逮捕のため、1人につき、5万元の懸賞金をかけた。
 その甲斐もあってか、犯人グループの6人(年齢は18歳〜35歳)のうち4人を逮捕した。熊超が重慶市出身以外、黄進春、陳福地、鄭金鋒らはすべて福建省泉州出身である。その後、まもなく陳文輝と鄭賢聰の2人は相次いで、当局へ自首した。
 中国における電話・ネット詐欺の検挙率は5%未満の方と言われている。この事件に関しては、3日で逮捕劇を終了した。容疑者らの刑は3年以上、7年以下程度だと推測される。
 さて、問題は、(母親の携帯番号を含む)徐玉玉の個人情報が完全に漏洩している点だろう。犯人グループは、徐が近く銀行から南京郵電大学へまとまった学費等を振り込むのを知っていたのである。また、奨学金の件についても詳しかった。
 「徐玉玉事件」では、情報を漏洩した者がいる公算が大きい。今回のケースでは、大学側の人間が情報を売っている可能性も否定できない。
 一説には、中国の裏社会では、“ネット詐欺産業”ができているという。160万人がその“産業”に従事しているとも言われる。そして、約1100億元の被害が出ている。
 事件後、多くの人達からの同情が集まり、徐玉玉の遺族に対して義捐金が届けられた。しかし、父親の徐連彬は、その義捐金に感謝しつつも、受取りを断っている。南京郵電大学の学長からも徐玉玉の遺族へお悔やみの言葉が届いた。
 この「徐玉玉事件」後、似たような事件が起きた。
 徐玉玉が亡くなった2日後の23日、今度は同じ山東省臨沭県(臨沂市の隣り)の山東理工大学2年生、宋振寧(一人っ子)が突然の心停止で亡くなった。
 8月12日(18日説もある)、宋振寧に公安を名乗る電話があった。宋の中国農業銀行のクレジットカードが不正に使用され、宋の口座の貸越が6万8000元なっているという。
 宋振寧は、実行犯2人の指示に従い、1996元を振り込んだ。その後、宋はカネを騙し取られたのを知って、急に具合いが悪くなっている。
 さて、徐玉玉も宋振寧も、共に家族にとっては“希望の星”だった。突然、電話・ネット詐欺で、娘や息子を奪われた遺族の想いは計り知れないだろう。