澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -158-
捜査のメスが入った北核開発支援の中国企業

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)9月19日、訪米中の李克強中国首相は、ニューヨークでのオバマ米大統領との会談で、中国企業が北朝鮮への制裁の違反行為がないか、両国の捜査当局が協力することで一致した。
 その直前の15日、遼寧省公安当局は、北朝鮮への核開発支援をしていたという中国遼寧省丹東市の遼寧鴻祥実業集団と馬暁紅同董事長(43歳の女性)に対し、長期的な「重大な経済犯罪」に関与した疑いで、捜査に着手した。
 遼寧鴻祥実業集団は、丹東鴻祥実業発展有限公司・遼寧鴻祥国際貨物運輸代理有限公司・遼寧鴻祥国際旅行社有限公司・丹東鴻祥辺境貿易情報コンサルティングサービス有限公司・瀋陽七宝山飯店・柳京酒店等を経営している。
 ちなみに、柳京酒店は、北朝鮮からやって来た女性の歌とダンスを堪能できるレストランとして名高い。
 今回の捜査は、丹東鴻祥実業発展有限公司が核兵器製造につながるウラン濃縮に必要な金属(酸化アルミニウム)を北朝鮮に輸出した容疑である。
 さて、今年8月、米国司法省が調査員を中国へ派遣し、遼寧鴻祥実業集団の実態解明を北京に依頼した。それに対し、北京が米国の依頼を快諾した。きわめて異例である。
 つまり、ワシントンと北京の対北朝鮮への思惑が一致したのである。オバマ政権・習近平政権ともに、これ以上、金正恩党委員長の核・ミサイル開発を座視できないとの認識に至った結果だろう。
 そこで、北京は、丹東鴻祥実業発展有限公司を締め上げることで、北朝鮮へ圧力を強める意向である。
 周知にように、遼寧省と吉林省は、北朝鮮に国境を接している。そして、旧瀋陽軍区(現、北部戦区)は、遼寧省・吉林省を含む。
 かねてより、われわれが主張しているように、旧瀋陽軍区は、依然として、北朝鮮へ食糧やエネルギー、それに核・ミサイル技術を支援し続けているふしがある。
 旧瀋陽軍区は江沢民の「上海閥」の影響下にあり、北朝鮮との関係が深い。同軍区では、以前、徐才厚(すでに死亡)が強い影響力を持っていた。
 周知のように、今年2月、旧瀋陽軍区は北部戦区へと編成変えがあった。その際、習近平主席は、旧北京軍区から、習近平主席の腹心、宋普選を北部戦区司令員として送り込んでいる(ただし、旧瀋陽軍区政治委員の褚益民が北部戦区に留まった)。すでに8ヶ月近く経つが、依然、中朝間に特別な変化は見られない。
 2010年前後、周永康(すでに失脚し、現在、無期懲役の刑に服している)は、金正日国防委員長や金正恩党委員長と緊密な関係を保っていた。実は、周永康の「遼寧幇」の部下に、遼寧省人民代表常務委員会副主任、遼寧省政法委員会書記だった李峰がいる(この李峰は、今年3月に失脚した遼寧省委員会書記<遼寧省トップ>だった王珉とは飲み仲間だったと言われる)。
 したがって、江沢民―周永康―李峰のラインは、明らかに「上海閥」だと推測できよう。
 ところで、馬暁紅とは一体、何者なのか。1990年代、かつて馬は一介のビジネスウーマンであった。だが、馬暁紅は、2001年に鴻祥実業を設立し、中朝貿易を行うようになった。
 その後、馬暁紅はトントン拍子に事業を拡大して行く。おそらく、「上海閥」の李峰らと親密な関係があったと思われる。そうでなければ、一民間会社が、北朝鮮の国営企業と合弁企業を設立などできるはずもない。当然、旧瀋陽軍区との関係も深かったのではないか。
 そして、2013年1月、馬暁紅は第12期遼寧省人民代表大会(省人代、地方議会)の代表に選出された。
 しかし、今月13日、中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、突然、前回選挙の際、遼寧省人民代表大会選挙に買収行為があったとして、まず、同省の全人代代表45人(全部で102人)の当選無効を発表した。
 次に、同18日までに、遼寧省人民代表大会は、選挙時、代表の619人中523人に不正行為があり、そのうち454人が選挙無効で失職したと発表した。その中には、馬暁紅も入っている。同時に、李峰も失職した。
 この習近平主席による捜査の狙いは、おそらく周永康の「遼寧幇」排除だろう。だが、それだけではないかもしれない。かつて遼寧省委員会書記(同省トップ)だった李克強首相の「遼寧幇」打倒を目的としている可能性もある。