澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -171-
河北省の村長を殺害した賈敬龍の死刑

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 中国では、一部(ひょっとして大部分か)の村の役人が、しばしば村民達を喰いものにしている。
 以前から、我々が指摘しているように、習近平政権が推進する「反腐敗運動」(“虎退治”という名の権力闘争)は、一般庶民にとって、雲の上のでき事である。
 庶民が、習主席に期待するのは、“蝿叩き”の方ではないだろうか。彼らは、“悪徳”の村役人に対し、厳しく制裁を科して欲しいと思っている。
 今年(2016年)11月、河北省石家庄北高営新村の若者、賈敬龍(30歳)が、村のトップ何建華(党支部書記兼村委員会主任。所謂、村長。享年55歳)殺害の罪により、死刑が執行された。
 事件の概要は以下の通りである。
 何建華が村長だった村は、人口2800人余り、701世帯が住んでいた。村の立ち退きは2010年に正式に始まった。当時、全体の96%以上の村民は立ち退きに賛成していたという。
 2013年、賈敬龍の家族は、村の強制執行に遭い、ショベルカーで家二棟が解体された。実は、賈敬龍は、十数日後に結婚を控えていた。その直前の家屋解体である。
 一般的に、中国では、未婚の女性は、結婚相手には最低でも家やマンションの所有を求める。結局、家を失った賈敬龍は、婚約者との結婚が破談となった。
 その後、賈敬龍は何建華に立ち退きへの再補償を求めた。しかし、これも受け入れられなかった。
 賈敬龍は、何建華を恨んで殺そうと考えた。賈は、釘打ち機を購入し、銃のように改造し、弾代わりに釘を撃てるようした。
 昨2015年2月19日、ついに賈敬龍は、何建華の頭部へ釘を撃ち込み殺害している。
 一説には、賈敬龍は村長殺害後、間もなく警察へ自首しようとした。だが、その際、賈は自首を阻止され、警察へ連行されたとも伝えられる。村の役人らが賈敬龍の刑が軽くならないように、賈の自首を阻んだのである。
 同年11月24日、石家庄市中級人民法院(地裁。以下、市中級法院)は、賈敬龍に対し、殺人罪で死刑判決を下した。
 一審の過程で明らかになったのは、まず、2010年11月、賈敬龍の父親、賈同慶は、村からの立ち退きに同意する署名を行ったという。けれども、賈同慶が署名したのは、村委員会の脅迫によるとも言われる。
 次に、居民委員会の資料によれば、賈家に対する補償額(130平米余の1棟と110平米余の1棟)は、合計17万0291元(約272万円)と見積もられた。賈同慶は既に6万元(約96万円)を受け取った。だが、11万0291元(約176万円)が未払いとなっていた。
 賈敬龍は、すぐ石家庄市高級人民法院(高裁)へ上告した。だが、翌16年5月17日、同高級法院は市中級法院の判決を支持し、賈の訴えを退けた。この市中級法院の賈敬龍に対する判決は、内外へ波紋を及ぼした。法曹界や弁護士らから、一斉に議論が沸き起こっている。
 同年8月31日、最高人民法院(最高裁)は、賈敬龍への刑の執行を認めた。その後、中国法学会の泰斗、江平や北京大学法学院教授、張千帆らが賈への刑の執行を留保する署名にサインした。他方、ネットユーザーらも署名し、全国人民代表大会に賈敬龍への特赦を求めている。
 今月14日、賈敬龍の姉、賈敬媛や賈の弁護士、魏汝久ら司法関係者らは、最高人民法院へ賈の死刑執行の中止を求めた。
 けれども、翌15日、市中級法院は、最高人民法院長の死刑執行命令によって、賈敬龍の死刑を実行した。
 確かに、賈敬龍が村長を殺したことは紛れもない事実である。従って、それ相応の罰を受けなければならない。
 だが、他方では、村長側にも一定の非があるのではないだろうか。
 婚姻直前、家を取り壊され、結婚が破談となれば、激怒しない人間はいない。また、村から十分な補償を受けられなかった。賈敬龍の何建華殺害には、十分同情の余地があるだろう。
 中国社会科学院の于建嶸などは、そもそも村委員会には、建物を強制的に取り壊す権利はないと指摘する。また、于は、村自体が、私有財産を破壊するという違法行為を行ったとも主張している。
 思い起こせば、2011年11月、薄熙来の妻、谷開来は、英国人のニール・ヘイウッド(薄熙来夫妻の息子、薄瓜瓜の家庭教師)を毒殺した。
 そこで、谷開来は、2年間の執行猶予付きの死刑判決を受けた。だが、2年経った今、谷は無期懲役へ減刑されている。
 このように、中国では、政府高官関係者と一般庶民では、人権に明らかな差があり、法の下の平等は存在しないのかもしれない。