澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -199-
北朝鮮工作員による金正男殺害

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2017年)2月13日午前8時頃、北朝鮮の最高指導者、金正恩委員長の異母兄弟、金正男がクアラルンプール第2国際空港で北朝鮮工作員によって毒殺されたという(ただし、北の工作員による直接犯行かどうかは断定できない)。
 1人の正体不明の女が、突然、金正男の顔にスプレーをかけ、その後、液体を含んだハンカチを正男の口に押し込んだ(ハンカチを正男の頭にかけたという説もある。他方、毒針を使用したか否かは分からない)。そして、その女は、もう1人の女と現場からすぐに逃亡した。
 金正男は両目が痛いと、空港カウンターの職員に助けを求めた。しかし、その後、正男は市内の病院へ運ばれる途中に死亡している。
 金正男は2月6日、居住地のマカオからマレーシアへやって来た。そして、13日午前10時30分のマカオ行き便の搭乗をロビーで待っていたのである。
 マレーシア警察は、その2人の女の身柄を拘束したという。だが、北朝鮮の工作員と見られる4人の男らが、彼女達に金正男殺害の実行を依頼した可能性がある。
 『東網―東方日報』電子版(2017年2月15日付)によれば、金正男に関する情報は、以下の通りである。
 金正男には、マレーシアにも愛人がいたという。そこで、正男は同国へ足しげく通うようになった(ひょっとすると、金正男は、北朝鮮の女性スパイの美人局に嵌って、マレーシアで殺害されたのかもしれない)。
 実は、北朝鮮とマレーシアの間では、ビザなしで出入国できる。そのため、しばしば北朝鮮高官はマレーシア経由で亡命する。だが、一方では、北朝鮮のスパイもマレーシアに入国しやすい。
 2014年1月、金正男はクアラルンプールの韓国系ホテルに現れた。その後も、正男はシンガポールとマレーシアの高級ホテルにしばしば出没している。
 金正男は、弟の正恩が北朝鮮のトップになって以降、自分の身の安全に脅威を感じていたという。最近、正男は、逃亡を計画していたという。
 さて、金正男には、妻と愛人が少なくとも合計4人いた。申正熙は、金正男の正妻で、北京の高級住宅街で母子共に生活している。申正熙は、もともと平壤招待所の服務員だった。申正熙は、いつも夫の金正男に代わりに平壌へ行き来して、政治活動を行っている。
 あとの2人の愛人は、マカオに住んでいる。金正男の2番目の女性は李慧静という。もう1人は、張吉善だが、第2夫人か、或いは2番目の愛人である。張は美人であり、常にブランド品を身に着けている。彼女は、金正男の息子、金韓松と娘の金率熙を出産した。
 2011年、息子の金韓松は、香港のインターナショナルスクールへ入ろうとしたが、断られた。一旦、韓松はボスニアで勉強し、その後、フランス・パリへ行き、勉強を続けた。金韓松はネット上で民主主義を支持するという政見を発表している。韓松は、昨年、フランスを出国したが、現在、その行方は不明である。
 徐英羅は、金正男の3番目の愛人で、かつて高麗航空の客室乗務員だった。2001年、金正男が偽のパスポートを使って、妻子と一緒に日本へ入国したが、まもなく強制送還された。その際、金正男と共に申正熙・金錦率母子と愛人の徐英羅が写真に撮られている。
 生前、金正男は生活が派手で、カネを湯水のように使った。4人の妻妾、及び子供達を養わねばならなかったし、子供達のインターナショナルスクールの学費や養育費もかかった。そのため、毎年年間の生活費は最低でも50万米ドルだったという。
 金正恩委員長が、北朝鮮工作員に兄の正男殺害を命じた公算は大きい。何故、金委員長は命乞いをしていたと言われる正男を亡き者にしたのだろうか。
 その原因は2012年まで遡る。同年夏、張成沢(金正日の妹である敬姫の夫)が胡錦濤主席(当時)に面会した際、張は、正恩を排して、正男を北のトップに据える考えを示したという(一種の宮廷内クーデター)。
 張成沢は、正男を我が子のように溺愛していた。2011年12月、金正日死亡後、張は正男に北朝鮮の最高指導者となって欲しかったのだろう。
 その秘密会談の内容が、周永康(「上海閥」)を通じて金正恩へ伝えられた。激怒した正恩は、まず、その翌13年12月、張成沢を処刑している。当然、正恩は、ライバル(政敵)である正男の命も狙っていたに違いない。
 けれども、金正男は北京政府(「太子党」)にしっかり守られていたので、金委員長は正男を容易に殺害できなかった。
 ところが、前述のように、正男はマレーシアにも愛人ができたため、同国へ通うようになったのである。そこで、金委員長はチャンス到来と見て、北朝鮮工作員をマレーシアに派遣し、漸く長年の怨念を晴らしたと考えられる。