澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -206-
ドラマ『大秦帝国の崛起』中の内通者リスト

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 近年、中国ネットユーザーらは、共産党が治める今の中華人民共和国を比喩的に「趙国」と呼ぶ。
 文豪・魯迅の『阿Q正伝』の中には、権勢を誇る一族として「趙家」が登場する。「趙家」に連なる「趙家人」は、皆、特権階級である。
 そこで、ネットユーザーは、その「趙家」を模して、権勢を欲しいままにしている共産党政権下の中国を「趙国」と揶揄する。当然、共産党はネットユーザーによる「趙家人」や「趙国」等の使用に対し、神経を尖らせている。
 1949年、新中国成立後、「旧社会」(清国時代や中華民国時代)とは異なり、中国に平等の社会が実現したと盛んに喧伝されていた時期がある。
 しかし、1978年12月、鄧小平によって「改革・開放」政策が実施されると、たちまち貧富の差が拡大した。今や、中国は「旧社会」と何ら変わらない状況に陥っている。一説では、同国の格差は世界1だという。
 共産党員は役得で直接利益を得る、或いは、党員が有力企業家にビジネス上の便宜を与え、その見返りで蓄財するケースもある。売官は日常茶飯事となり、腐敗が蔓延した。
 さて、今年(2017年)3月、中国では「両会」と呼ばれる全国人民代表大会と政治協商会議が開催された。
 この微妙な時期に、奇怪な事件が起きたので紹介したい。
 最近(2月6日〜3月6日)、月曜〜金曜の夜のゴールデンタイムに中国中央電視台(CCTV)で『大秦帝国の崛起(台頭)』(監督は丁黒)という歴史ドラマ(各回45分)が放送された。
 原作は孫皓暉の『大秦帝国』である。2011年、西安曲江大秦帝国影業投資有限公司によって製作された(40回分)。寧静(秦昭襄王の母、宣太后役)、張博(名君、秦昭襄王役)、邢佳棟(名将、白起役)ら名優揃いの人気番組である。
 2月28日放送の第30話では、長平(現、山西省高平市)の戦いの最中、秦国人が趙国人を黄金で買収しようとする場面があった。
 長平戦役とは、紀元前260年、戦国時代最大と称される秦国と趙国の戦いである。秦国が勝利し、敗れた趙国兵士は白起将軍に40万人殺されたという(ただし、40万人は誇張されているという説もある)。
 その時、1人の秦国人が、竹簡に綴られた「趙国内通者」(祖国、趙国への裏切り者)リストを見る場面が登場する。彼は竹簡に2度ほど眼を通すが、そのシーンは一瞬だった。
 ところが、その30話がYouTubeへアップされた時、何者かによって、「趙国内通者」リスト上に、現代の政治家名が古代小篆字体で綴られていたのである。
 習近平国家主席、李克強首相、胡錦濤前国家主席、温家宝前首相、賈慶林前政治協商会議主席、李長春元政治局常務委員らだった。
 もちろんドラマには、竹簡のリスト中に彼らの名前は出て来るはずもない。
 正式なドラマでは、その秦国人の着物の首辺りには、黒の紋様が施されている。だが、ネットにアップされた偽画面では、彼の着物の首周辺には赤い線が横に入っていた。そのため、画面に一部細工が施されたのが分かる。
 但し、2日も経たずに、中国当局によって、その偽ドラマの放送回は削除された。
 在米中国研究家の陳破空は『美国之音』(Voice of America)の番組の中で、これは江沢民系の「上海閥」の仕業かもしれないと推測した。また、「毛沢東主義者」の手法に似ているとも述べている。
 陳破空は、ドラマの「趙国内通者」リストでっち上げは、政治的“隠喩”だと指摘した。
 今秋、中国共産党第19回全国代表大会(19大)で、今後5年間の重要人事が決定される。今度の事件は、その熾烈な党内闘争を色濃く反映していると見るべきだろう。 
 周知のように、趙国は、戦国時代に実在した国(B.C.403年〜B.C.222年)で、戦国七雄の一つである。首都は初め、晋陽(現・山西省太原)、次に中牟(現・河南省鶴壁)、そして邯鄲(現・河北省南部)へと遷都した。最終的に、紀元前222年、趙国は隣国の秦国に滅ぼされている。
 今回の事件は、現在、共産党の支配する中華人民共和国という「趙国」が、戦国時代の趙国同様、将来滅亡する、との“暗喩”に取れなくもない。