澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -208-
中国で始まったロッテいじめと愛国教育

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)3月10日、韓国の憲法裁判所は、朴槿恵大統領の罷免を決定(8人全員一致)した。同裁判所は朴大統領の友人、崔順実が国政へ介入したと認定したのである。韓国憲政史上、初めての出来事だった。今後60日以内(5月9日まで)に大統領選挙が行われ、新大統領が誕生する。
 さて、北朝鮮の核やミサイル開発の脅威を受け、昨16年7月、朴槿恵政権は米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル。Terminal High Altitude Area Defense missile)導入を決めた。
 今年2月末、既にレイムダック化していた朴政権だが、THAAD設置場所として、韓国ロッテ所有地を買収する契約を同社と交わした。
 ロッテは、在日の重光武雄(辛格浩)氏が日本で創業し成功して、韓国の10大財閥の1つとなった。我が国でも、ロッテはスナック類等の商品で人気が高い。また、ロッテホールディングスは、プロ野球パリーグの千葉ロッテマリーンズ球団(オーナーは重光武雄氏)の主要株主としても有名である。
 近年、武雄氏の長男、宏之氏(辛東主。元日本ロッテグループ副会長)と次男、昭夫氏(辛東彬。韓国ロッテグループ会長)が、会社経営を巡り、骨肉の争いを繰り広げた事は記憶に新しい。
 その頃韓国では、ロッテが韓国企業か日本企業かで、論争が巻き起こった。多分、重光武雄氏の“出自”が問題視されたのではないか。
 周知のように、韓国では、サムソンをはじめ大企業や主要銀行は、外資の比率が高い。特に、主要銀行(ウリ銀行以外)は殆ど外資系と言っても過言ではない。
 だからと言って、大部分の韓国人は、それらの企業を韓国の会社か他国の会社か、いちいち区別して考えないだろう。
 今回、韓国軍がTHAADを導入する際、韓国ロッテにその用地提供を求めた。
 仮に、ロッテが「ノー」と言えば、韓国国内で同社は“愛国企業”ではないとして、世論の袋叩きに遭ったに違いない。おそらくロッテとしては、韓国軍の要求を拒否できる選択肢はなかったのではないだろうか。
 ところで、韓国のTHAAD配備に反対する中国で、ロッテ製品の不買運動が開始された。
 一旦韓国にTHAAD(レーダーの探知距離は1000キロ程度か)が導入されれば、一部の人民解放軍の動きは容易に把握できる(因みに、ロシアの保有するレーダーは約5000キロ、日本のレーダーは約2000キロの探知距離と言われる)。
 周知のように、朴槿恵大統領は、政権発足当時から中国へ傾斜した。しかし朴政権は、北朝鮮の度重なる核実験やミサイル試射から、国家の安全保障上、どうしても米国に頼らざるを得なくなった。そのため、朴大統領はTHAAD導入という苦渋の決断を下したのである。
 だが、習近平政権は、朴大統領の“掌返し”を中国への“裏切り”と見なしたに相違ない。
 早速、中国共産党は、韓国に対し経済制裁を課した。まず手始めに、中国人観光客を韓国へ送る事をやめている。
 そして今度は、官民を挙げて(正確には、共産党の指導の下に)、ロッテ商品の不買運動を開始した。
 今年1月現在、ロッテマート(中国・ベトナム・インドネシア3ヶ国に進出)は中国で約115店舗を展開している。だが、中国当局は、今年3月に入り、突然ロッテマートを調査し、39店舗の閉鎖を命じた(3月11日現在)。今後、更に閉鎖される店舗が増える可能性がある。
 そもそも習近平政権は、どのような権限で調査に入り、如何なる理由・法律でロッテマートの店舗閉鎖を命じたのか不明である。
 同時に、習近平政権は「スナック菓子を食べない。ロッテ製品を買わない」というスローガンを掲げ、小学生の児童達に対し“愛国教育”を行っている。
 実は、先週3月9日、韓国の人気ガールズグループ「少女時代」(1人脱退したので、現在8人)のボーカル、テヨンの誕生日だった。
 早速、テヨンはインスタグラムへ写真を投稿し、ロッテのキャンディは美味しいとコメントした。テヨンにロッテの商品を擁護する意図があったかどうかは分からない。
 それに対し、一部の中国人ネットユーザーがすぐさま反応した。微博(ウェイポー)で、ロッテ製品を賛美するテヨンはけしからんと攻撃した。間もなく、テヨンはインスタグラムから、その写真を削除したのである。
 結局、中韓の蜜月時代はそう長くは続かなかった。