澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -210-
中国の金融緩和政策

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 一般に、不景気な時、政府はその対策として内需と外需、両方の拡大を図る。
 内需拡大策として、まず(1)財政出動し、公共投資によって景気を刺激する。
 ただ、北京政府の財政赤字は、中国全体(個人・企業・地方政府・中央政府等)の赤字の約半分だと言われる。
 仮に、中国全体の赤字をGDPの250%とすれば、中央政府の財政赤字はGDPの125%、中国全体の赤字をGDPの300%とすれば、中央政府のそれは150%となる。この数字は決して小さくない。
 それに、「ゾンビ企業」(主に国有企業)を存続させるため、中央政府がその赤字を補填している。従って、中央の財政赤字は、上記の範囲をはるかに超えるのではないか。
 従って、習近平政権が財政出動をするのは、リスクが大きいかもしれない。財政赤字がますます膨らみ、国家破産(デフォルト)することもあり得るからである。
 他の内需拡大政策としては、(2)所得減税をして、個人消費を促す方法が考えられる。しかし、中国では中間層以上が約5億人、貧困層(「絶対的貧困層」と「相対的貧困層」)が約9億人存在するという。たとえ所得減税を行っても、中間層以外の消費はあまり期待できないだろう。
 (3)民間企業に対する投資減税も考えられる。だが最近、北京政府がそのような投資減税を行った或いは、今後行うという話は聞かない。
 その他、(4)金融緩和政策の実施が、内需拡大には有効だ思われる。
 中国では「中国版公定歩合」が2015年10月24日以来、1度も引下げられていない。現在の金利は1年定期で1.75%、5年の貸出金利は、4.75%で1990年以降、最低となっている。
 北京はこれ以上の金利引下げは、そのカネが株や不動産へ向かうと踏んでいるため、更なる金利引下げには慎重な構えである。
 次に、外需(財とサービスの輸出)について考えてみたい。輸出を拡大するためには、自国の通貨安が有利となる。
 通貨の供給量(M2=現金通貨と預金通貨、及び定期性預金との合計)を大幅に増やせば、通貨が切下がり輸出しやすい。従って、世界中どこの政府も、経済の不調時には、自国通貨切下げの誘惑にかられる。
 実は、2014年頃から中国経済は変調をきたしている。北京の公式発表とは異なり、様々なデータから15年・16年は良くてゼロ成長、最悪の場合、マイナス成長だったと推測できよう。
 それでも、2011年(胡錦濤政権末期)から15年(現、習近平政権)まで、M2供給量が一貫して10%から15%の間で推移した。
 普通、景気が落ち込めば、M2の追加需要が減少するはずである。だが、この期間、M2供給量は殆ど変わっていない。
 おそらく政府が貨幣供給量を増やし、そのカネで一線級都市・二線級都市の不動産を購入しているのではないか。そうすれば、取り敢えずGDPは増える。この方法で、中国共産党はGDPを嵩上げしている可能性を否定できない(同時に、不動産バブルが生じているのも間違いだろう)。
 ところで、人民元の対米為替レートだが、「リーマン・ショック」の起翌年(2009年)元旦には、1米ドルが6.8350元だった。その後、好景気とともに、人民元は段々と上昇し、14年元旦には、1米ドルが6.0610元まで高くなった。明らかに、中国は経済成長したのである。
 けれども、14年元旦前後を境にして、中国で景気減速が始まった。それに伴い、15年元旦には1米ドルが6.2500元、16年元旦には6.5761元、17年元旦には6.8816元と、人民元安に振れている。
 だが、習近平政権は景気低迷にもかかわらず、M2を減少させていない。貨幣供給量ペースがほぼ一定のため、人民元の対米為替レートは下がる一方である。
 因みに、中国ではGDPの2倍以上の人民元が流通しているという。2015年では、約140兆元(約2240兆円)に上る。他方、米国ではGDPのおよそ70%の米ドルしか流通していない。同年、約12兆米ドル(約1380兆円)である。
 目下、習近平政権は外貨準備高を切り崩して、人民元を買い支えている公算が大きい。中国の外貨準備高は、2014年の3.843兆米ドルをピークに、翌15年には3.33兆米ドルへと減少した。16年12月末には、3.011兆米ドルとなり、17年1月には、ついに2.998兆米ドルと3兆米ドルを割り込んでいる。
 このまま中国経済の失速が続くと、外貨準備高が更に減少するのは必至だろう。