澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -212-
「上海閥」が勝利した香港行政長官選挙

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)3月26日(日)、香港では選挙委員会(定員1200人。現在、1194人)による第5回行政長官選挙が実施された。
 当日、現地時間午前9時(日本時間午前8時)から11時(同午前10時)にかけて、同委員らによる無記名投票が行われた。そして、午後12時(同午後1時)から開票された。選挙投票結果を待つ世界中の多くのマスメディアが、湾仔(ワンチャイ)会議展示場選挙センター内にカメラを設置して、開票を見守っていた。
 今度の行政長官選挙は、現長官の梁振英が再選を辞退したので、香港政府のナンバー2の林鄭月娥(キャリー・ラム)(前政務司司長=前政務官。選挙委員会の推薦者数は580人)とナンバー3の曽俊華(ジョン・ツァン)(前財政司司長=前財務官。同推薦者数は160人)の一騎打ちとなった。
 結果(有効票数1163票)は、選挙前の予想通り、林鄭月娥が当選ライン(601票)を大幅に超える777票を獲得して当選した。
 選挙委員会の中には、約860人の「建制派」(=「親中派」。中国共産党の「上海閥」が推す「梁振英系」と地元の「唐英年系」の2派)が存在する。今回、林鄭月娥は、そのおよそ9割の票をまとめ上げた。
 一方、香港市民に人気のある曽俊華は365票と健闘した。曽は殆どの「泛民主派」票と一部の「建制派」票を獲得している。仮に、曽が約300票と言われる「唐英年系」を集めることができていたら、結果はどう転んでいたのか分からない。
 なお、第3の候補、胡国興(元香港高等法院副裁判長)は21票(選挙委員会の推薦者数は180人)にとどまった。胡の票が曾俊華へ流れたと推測できよう。
 香港大学民意研究プロジェクトの調査では、選挙前日(25日)、3人の候補者の支持率は、曾俊華が56%、林鄭月娥が29%、胡国興が9%だった。
 曾俊華の支持率は、3月6日の時点(50%弱)よりも、選挙が近づくにつれて上昇した。反対に林鄭月娥は、最初支持率が30%を超えていたが、少しずつ下降している。胡国興も、初め支持率が10%を超えていたが徐々に落ちていった。今回の選挙では、香港の民意と別の結果が生じたのである。
 さて、梁振英現行政長官は、もともと中国共産党の「上海閥」(=「江沢民派」)に属していた。ある意味、梁は「江沢民派」の傀儡だとも言える。そのため、習近平主席にマークされていた。だから梁に再選の目がなくなったと考えられる。
 実は林鄭月娥も香港人には人気がない。林鄭は梁振英の後継者で「泛民主派」からは「梁振英2.0」と呼ばれていた。しかし「親中派」故に、中国共産党の「上海閥」の支持を得たのである。
 今年2月上旬、張徳江全国人民代表大会常務委員長(兼中央港澳工作協調小組組長)は、広東省深圳市を訪れ「親中派」の香港政財界要人らと会談した。
 その際、張委員長は、次期行政長官選挙で共産党中央は、林鄭月娥を支持すると明言した。しかし実際は「党中央の一致」とは言い難く、あくまでも「上海閥」の推しに過ぎなかった。
 前回(2012年)の香港行政長官選挙では、人気のない梁振英が、中国共産党の支持(当時は胡錦濤政権)を得て、689票という低得票率で当選した。香港の地元に根差した実力者の唐英年を破っている。
 習近平主席から見れば「乱港(香港を乱す)4人組」(張徳江・梁振英・張暁明<中央人民政府駐香港特別行政区連絡弁公室主任>・姜在忠<『大公報』・『文匯報』の社長>)は全て「江沢民系」である。
 今回も「江沢民派」の林鄭月娥が行政長官に当選したが、その船出は厳しい。梁振英同様、林鄭も習近平主席の攻撃対象となる恐れがある。
 ところで、今回開票現場がネットで実況中継された。
 選挙委員会の委員らは、投票用紙に印刷された候補者3人中、意中の候補者の名前がある右側の欄に「レ点」を入れる。無論1人だけしか投票できない。2人以上「レ点」を付けたら、その投票は無効となる。
 それでも、3人全部に「レ点」を付けた委員がいた。また、ある委員は投票用紙に左上から右下に向かってたくさんの「レ点」を付け、同時に、右上から左下に向かってやはりたくさんの「レ点」を付けた。まるで「レ点」によるバッテン(X)である。この選挙に対して、皮肉が込められているのではないか。
 香港は「習近平派」と「江沢民派」の間での権力闘争の場と化している。香港の「1国2制度」の“空洞化”が進んでいると言っても過言ではない。