澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -216-
河北省に副都心建設を目指す習近平政権

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)4月1日、北京政府は突然、河北省の副都心建設構想を打ち出した。当日は、たまたまエイプリルフールだったので、内外では中国共産党による冗談だと思った人々が多かっただろう。だが、どうやらウソではないようである。
 習近平政権は、河北省保定市の中にある雄県・安新県・容城県の3県を合併して、「雄安新区」を創設するという(中国では、しばしば市の中に県がある)。名称は、前2県から取ったものである。
 ちなみに、3県の真ん中(やや南部。安新県に近い)に、華北最大の淡水湖、白洋淀(366平方メートル)が存在する。
 今回の「雄安新区」建設は、広東省深圳(経済特区)、上海浦東新区に次ぐ、習政権が威信をかけた「千年プロジェクト」となる。同区は、初期段階では100平方キロメートル、中期段階では、200平方キロメートル、そして最終的には2000平方キロメートルの広さになるという。
 それにしても、何の前触れもなく、いきなり河北省副都心構想を発表するとは、まさに「一党独裁」の為せる技だろう。これだけのビッグプロジェクトである。普通の民主主義国家ならば、大議論が巻き起こったに違いない。
 習近平主席としては、総書記・国家主席就任以来、これと言って大した実績がないので、副都心建設を中国共産党第19回全国代表大会(「19大」)の目玉としたいのではないだろうか。
 さて、良く知られているように、河北省は、北京と天津を囲むように位置している。
 河北省「雄安新区」に新都市が建設されると、北京・天津・「雄安新区」の正三角形ができる。つまり北京―天津間が約100キロ、北京―「雄安新区」間が約100キロ、天津―「雄安新区」間が約100キロとなる。
 北京政府は、このトライアングルの中に、中国版シリコンバレーの創出を企図しているかもしれない。
 習近平政権としては、副都心を創設することで、北京や天津への人口集中を緩和したいのだろう。また、「雄安新区」創立は、景気浮揚のための方策とも考えられる。だが、問題は山積している。
 第1に、北京政府の財政赤字は既に中国GDPの280%以上にも膨らんでいる。果たして、共産党が財政出動して、「雄安新区」に副都心建設が可能なのだろうか。
 第2に、中国では、俗に「南水北調」と言われる。北部地域は、慢性的な水不足に悩まされている。そこで、南部地域の豊かな水を北部へ送る必要がある。だから、新都市建設に伴い、更なる河川やダムの大型プロジェクトの計画・実施が求められよう。
 第3に、河北省には、石炭採掘場や製鉄所が集まっていて、国内有数の環境汚染地域となっている。
 同省では、PM2.5に代表される大気汚染が深刻である。そのため、雨が降れば、土壌汚染、水質汚染も同時に昂進する。
 実際、白洋淀にも、重化学金属等が流れ込んで、水質汚染が進んでいる。2005年末、白洋淀の汚染に悩む保定市がアジア開発銀行と9600万米ドル(約106億円)の契約を結び、同湖のクリーン化を目指した。だが、白洋淀の汚染は、今もって止まず、大量の魚が死んで浮くこともある。
 これらの環境問題を抱えたまま、見切り発車しても、大丈夫なのだろうか。
 第4に、将来を見据えて、「雄安新区」周辺の土地は早くも急騰している。一部の不動産は、政府のプロジェクト発表以降、僅かの間に1平方メートルあたり4万元(約60万円)まで跳ね上がった。これは、北京や上海の不動産価格に迫る。今後、同地域では、不動産ビジネスに湧くだろう。
 しかし、これでは北京等の不動産バブルを単に河北省へ拡大するだけではないか。
 周知の如く、中国共産党は、不動産売買の税収に大きく依存している。特にこの「土地・不動産関連税収」が、地方政府の重要な歳入基盤となっている。従って、不動産がらみの開発こそが、習政権の“頼みの綱”なのかもしれない。
 第5に、天津は北京に近いので、中国共産党の党内闘争の場となっている。同様に「雄安新区」も将来、共産党の草刈場と化すに違いない。