澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -231-
蔡政権の「独立傾向」に警鐘を鳴らす論評

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 最近、台湾に関する興味深い論評があったので、ここに紹介したい。
 その論評は、現在の蔡英文総統は「独立傾向」を押し出すあまり、かえって、その「独立傾向」が狭まっていると主張する。
 そもそも、台湾は中国に統治されていないので、今更「独立傾向」云々というのはおかしいのではないか。中国に統治されていない台湾がどのようにして中国から「独立」するのだろうか(元来、「台湾独立派」の主張する「台湾独立」とは、「中華民国体制からの独立」であって、決して「中国からの独立」ではなかった)。
 台湾は、国民党から民進党への「第3次政権交代」に伴い、中国共産党の外交攻勢に遭っている。そのため、昨年(2016年)12月、台湾はサントメ・プリンシペ、今年6月にはパナマと断交を余儀なくされた。また、台湾は国際機関―例えばWHO―にも加盟できない(但し、今に始まった事ではないが)。
 同論評は、かかる状況に陥ったのは、蔡英文政権が「独立傾向」にあるからだと唱える。それに対し、現在の蔡英文総統と違って馬英九前総統は、良好な両岸関係を維持すべく、しっかりした考えを持っていたという。そして、馬前総統を高く評価している。
 馬前総統に対する評価は様々あって然るべきだが、最低限以下の事実を踏まえておきたい。
 まず、馬前総統はハーバード大学大学院時代、「職業学生」(国民党のスパイ)であったため、一部の米国への台湾留学生が、祖国に戻ってから国民党に逮捕され、牢獄へ送られた。馬前総統は台湾人留学生を国民党に売っていたのである。
 また、馬前総統は台北市長時代から、後ろから出てくる原稿(部下の作成原稿)を読んでいるだけだった。総統就任中もこのスタイルは殆ど変わらなかった。
 そして、英国統治下の香港九龍半島で生まれたと信じられていた馬前総統(英国九龍で生まれたので馬英九)の本名は、馬膺九である。馬前総統は国民党の幹部だった親(馬鶴凌)が、九州(中国)を討つ(膺懲)ことを願って息子に付けたという。一説によれば、香港生まれではなく、深圳生まれだとも言われる。
 さて、中国共産党からすれば、国民党、特に台北市長時代から「究極統一」を唱えていた馬前総統は御し易い(「第3次国共合作」)相手である。そのため、習近平政権は馬前総統対し、外交的圧力をかける必要はなかった。
 実際、馬前総統は「第3次国共合作」に動いている。(a)両岸の「経済的統一」(b)両岸の「文化的統一」(c)両岸の「政治的統一」である。幸いにも、馬英九政権下、(a)と(b)の一部統一のみで終わった。
 大半の台湾住民は「一国二制度」下での「中台統一」など望んではいない(但し、英連邦並みのゆるやかな「中華連邦」ならば、一考の余地はあるかも知れない)。香港の状況(「一国二制度」の形骸化)を見れば、殆どの台湾住民は「中台統一」を拒否している。
 一方、馬前総統は(a)の「経済的統一」を志向し、その結果こそが、台湾の景気を悪化させた大きな原因である。中国経済の低迷に伴い、馬英九政権末期、台湾の経済は3期連続マイナス成長まで落ち込んだ。馬前政権の「中国一辺倒」政策は、完全に破綻している。
 今の蔡英文政権は「中国一辺倒」政策をやめ、「新南向」政策を打ち出しているが、当然の施策だろう。何も、台湾が中国経済と“心中”する必要などない。
 他方、昨年、民進党政権に政権交代してから、蔡英文総統は香港での国共による「92年コンセンサス」(「一中各表」=中国側は「一つの中国」とは中華人民共和国だと主張。また、台湾側の「一つの中国」とは中華民国を指すと主張)をはっきり認めていない。そのコンセンサスは「口約束」なので、事実、存在したかどうかも分からない。
 そのため、中国共産党は苛立っている。だから、北京政府は台湾と外交関係を持つ国々に対し、様々な攻勢を仕掛けている。しかし、蔡英文政権は、かつての陳水扁政権時代とは違って、カネで外交関係を増やそうとはしていない。
 従って、蔡政権発足当時、台湾は22ヵ国との外交関係を持っていたが、現在では、20ヵ国にまで減っている。近い将来、台湾と外交関係のある国が10ヵ国台へと落ち込む可能性は十分にあるのではないか。