澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -237-
北朝鮮の度重なるミサイル試射と米韓日

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)8月29日、午前5時58分頃、北朝鮮は、中距離弾道ミサイル(IRBM)級「火星12」を太平洋へ試射した。6時06分頃、北海道上空を通過し、同12分頃、襟裳岬東方約1180キロ離れた地点へ3つに分離し落下した。今年に入ってから北の14回目のミサイル試射である。
 北朝鮮の米国・日本・韓国に対する軍事的挑発行動は、我々の理解をはるかに超えている。しかし、おそらく金正恩委員長には、何らかの思惑があって、ミサイルを試射しているに違いない。考え得る可能性を列挙してみよう。

(1)北朝鮮は、米国を二国間交渉のテーブルにつかせ、北が米国と「対等」である事を世界に知らしめる。これが北の最終目標ではないか。
(2)金正恩委員長が、米国等を脅し、自分が米国と渡り合える指導者である事を世界に示し、国内の権威を高める(2011年12月、北のトップに就任以来「神格化」された金委員長には、何の実績もないので)。
(3)米韓日が北朝鮮に対し、軍事演習・経済制裁で圧力をかけたので、北はその反発でミサイルを試射した(とりわけ、米国が「金正恩斬首作戦」を計画していると言われるため)。
(4)北朝鮮がイランへ核・ミサイル技術を売却するための一種のデモンストレーションか(北は核・ミサイル開発をビジネスとして考えているふしがある)。
(5)金正日政権時代から、北朝鮮は核・弾道ミサイル技術向上を目指しているので、今更、その開発を止める事はできない(慣性の法則?)。核・ミサイル開発をやめた途端、それらの技術は古くなり、たちまち使えなくなる恐れがある。また、北が核・弾道ミサイルを失ったら、単なる“貧乏国”へ転落する(荒木和博・拓殖大学海外事情研究所教授)。
(6)江沢民系「上海閥」の旧瀋陽軍区(現、北京軍区) は、核・ミサイル開発を含め、全面的に北朝鮮を支援してきた。今でも、旧瀋陽軍区は北へ食料・エネルギーを送り続けていると思われる。そこで、「上海閥」が、秋の「19大」を前に、金正恩を使ってミサイルを飛ばし、習近平政権を揺さぶろうとしているのではないか。
(7)北朝鮮の行動には、常に中国とロシアの影が見え隠れする。中ロは、北を利用して、米国中心の世界秩序(「パクス・アメリカーナ」)を崩そうとしているのかも知れない。

 習近平政権は、中国中心の世界秩序「中国的世界秩序」(The“Chinese World Order”)の再構築、他方、プーチン大統領は、ロシアが十分影響力を発揮できる「新世界秩序」構築を目指している可能性を排除できない。

 さて、北朝鮮の度重なる挑発行動を踏まえ、米韓日はどのような対応を採ろうとしているのか。
 まず、米トランプ大統領が度重なる北の挑発に激怒しているに違いない。ところが、スティーブン・バノン大統領首席戦略官は、北に軍事力で対応する気がなかった。そのため、バノンはクビにされている。
 現在、ホワイトハウスには、ケリー大統領首席補佐官とマクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)ら「グローバリスト」(=「リアリスト」)が主導権を握るようになった。従って、近い将来、米国は北に対し、軍事オプションを採る選択肢もあり得るだろう。
 次に、今年5月、韓国では革新系「共に民主党」の文在寅大統領が誕生した。文大統領は「親北派」と称され、大統領就任後、文在寅は、条件が整えば平壌を訪問すると宣言していた。
 目下、中国は韓国国内のTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備を強硬に反対している。THAADによって、一部の中国軍が丸裸にされる恐れがあるからである。
 周知のように、韓国は、安全保障面では米国に依拠している。だが、一方では、韓国は経済関係の緊密な中国との関係を悪化させたくないだろう。文在寅大統領はその2国間で板挟みになっている。そのため、文政権はTHAAD配備運用を延期するという曖昧な態度を採らざるを得ない。
 最後に、安倍政権は、地上にイージス・システムを導入したい意向を示している。実際、北朝鮮が我が国を攻撃しようとした場合、核や化学兵器を搭載したミサイルは約7~8分で日本へ到達する。
 日本海に展開するイージス艦と我が国に配備された地対空誘導弾(PAC-3)だけでは、北のミサイルをすべて撃ち落とすのは不可能に近い。だが、たとえ地上にイージス・システムを配備しても、同様ではないか。
 そこで、安倍政権は、北朝鮮への「敵地攻撃能力」保有の検討を始めた。以前の我が国では考えられない状況へと変化している。