緊迫するNATO・ロシア関係
~ロシアの大規模軍事演習への懸念~

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 この9月中旬、ロシアが欧州方面で大規模軍事演習「ZAPAD2017」を実施する。場所は主にベラルーシ国内、東欧NATO加盟国との国境に沿った地域である。この軍事演習は4年に一度の頻度で行われるものだが、今回は過去最大級の10万人規模の兵力が動員されると見られ、演習内容の不透明さも相まって、NATO側の強い懸念を惹き起こしている。
 NATO側の懸念には特別の理由がある。2008-09年の2度の大規模演習はグルジア(現ジョージア)への軍事介入時に行われ、前回の2013-14年の場合は数か月後のクリミア半島の併合とウクライナ東部への軍事侵攻を準備することにつながったという過去がある。今回は大規模なロシア兵力(及び短・中距離ミサイルや偵察ドローン、特殊部隊)が演習地のベラルーシに居留まり、ウクライナやポーランド、バルト3国を圧迫し続けるのではないかと懸念されている。
 NATO諸国やロシアはOSCE(欧州安保協力機構)のメンバーであり、「ウィーン文書」の取り決めによって、軍事演習の透明性確保を約束し合っている。それによれば、兵力9千人以上が参加する演習の場合は42日前までの事前通告が義務付けられ、13千人以上の場合はメンバー国(56ヵ国)から各2名のオブザーバーを招待しなければならない。ところが、ロシアの場合、あの手この手の策を弄してOSCEの義務を逃れようとする傾向がある。例え10万人規模の演習でも、これを日にちごと、演習地ごとに細分化し、通報義務のない9千人以下の小規模演習にしてしまうのである。2013年の演習時には12千人規模と通告しながら実際には7万以上の兵力が参加している。NATO側の不信・不満の背景にはこうしたロシア側の対応がある。
 勿論、NATO側も手を打っていない訳ではない。2014年のウクライナ問題の発生以来、東欧の加盟国の懸念を背景に「緊急展開部隊」(総兵力4万)を編成し、一旦火急の事態が発生すれば直ちに軍事支援が出来る態勢を整えつつある。加えて、ロシアと国境を接するポーランドとバルト3国に多国籍戦闘グループ(合計兵力4500)を配置している。これら4つのグループはドイツ、英国、カナダ及び米国から派遣された軍がそれぞれ指揮しており、更に、米国は ポーランドとの二国間合意によってパトリオット・ミサイルまで配備している。この7月にはハンガリー、ルーマニア及びブルガリアで「SABRE GUARDIAN」という米軍主導の軍事演習(参加20ヵ国以上の総兵力2万5千)が行われた。また、NATOは「TRIDENT JAVELIN」と名付けられた軍事演習も毎年実施しており、今年こそ5千人以下の規模で指揮命令系統の確認演習にとどまるものの、来年には3万5千の兵力が参加する大規模演習を実施する予定である。
 去る7月、NATOとロシアは理事会レベルの対話の場で、相互の軍事演習について激論を交わしたようである。また、この場では、ロシア戦闘機によるバルト3国等への度重なる領空侵犯(NATO側のスクランブル発進件数は年間800回を超える)に対する懸念も表明されたが無視されている。これらの戦闘機はトランスポンダー(自動応答装置)を搭載せずに正体不明のまま飛行する一方、NATO加盟国の航空機や船舶への異常接近を繰り返すために衝突のリスクも高まっているという。NATOとしては偶発事態を回避するためにもロシアとの軍レベルの対話強化を望んでいるが実現していない。
 こうした中、先週(8月25日)、NATOのストルテンベルグ事務総長(前ノルウェー首相)がポーランドを訪問し、同国首脳と対応を協議している。彼は、NATO条約第5条を引き合いに、「NATO加盟の1ヵ国への如何なる軍事攻撃もNATO全加盟国への攻撃とみなす」との立場を再確認している。ロシアの動きは極東だけではなく、欧州側においても懸念材料になっており、米国は米国で、東アジア情勢と同時に欧州の安保問題にも頭を悩ませなければならない状況にある。