澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -243-
頼清徳台湾行政院長の誕生

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)9月8日、台湾では新内閣が発足した。蔡英文総統が、頼清徳台南市長を行政院長(首相)に指名したのである。
 台湾はフランスの政治体制(半大統領制)と似ていて、総統(大統領)が自ら組閣するのではない。総統が首相を指名し、総統と首相が共同で組閣する。
 元来、医師であった頼清徳は、民主進歩党(以下、民進党)の「切札」的存在である。今年半ばの各種世論調査でも、2020年の総統選挙において、民進党候補では頼清徳が蔡英文を抑えてトップである(例:今年6月『時報周刊』では、頼清徳27.9%の支持で、蔡英文の支持20%を上回る)。従って、民進党は頼清徳を次期総統候補として、“温存”する手も考えられた。
 実は、蔡英文は総統就任以来、支持率(正確には満足度)は、右肩下がりとなっていた。他方、不支持率(同、不満足度)は、右肩上がりである。林全行政院長(外省人官僚)の政権運営が上手くいかなかったためとも言えよう。
 そこで、蔡英文総統は、政権の支持率浮揚を企図して、頼清徳台南市長を行政院長に担ぎ出したのである。頼新首相は、「経済再生」を目指している。そして、頼は大部分の大臣を留任させた。
 9月に入って行われた台湾での世論調査でも、頼清徳新首相に期待する台湾住民は過半数に達している(例:『中国時報』では50.2%)。期待が6割にのぼる調査(例:「臺電視Next TV世論調査センター」60.2%)もある。
 もし、頼新首相が見事な政治手腕を発揮して、台湾の景気を十分に回復させたとしよう。
 その場合、2020年の総統選挙では、民進党は頼清徳が総統候補でも、また「蔡総統・頼副総統」ペアでも勝利する公算が大きい。
 しかし、逆に頼清徳首相が実績を残せなかった時には、総統候補の目がなくなるかも知れない。今度の人事はその危険性を孕む。
 周知のように、台湾の「少子化」は、韓国やシンガポールと並んで世界でもトップクラスである。おそらく、今年も台湾のGDPは2%成長台がやっとではないか(行政院主計総処のデータでは、上半期の成長率2.39%、通年では2.11%)。3〜4%伸びれば賞賛に値しよう。
 かつて台湾は、世界一中国への貿易依存度が高かった。馬英九政権が「中国一辺倒」政策を実施したからである。
 中国経済が好調の時は、それでも良かった。だが、2015年・2016年、中国は明らかに不況だったので、台湾経済はその影響をもろに受けた。
 そこで、昨2016年5月、蔡英文は総統就任以後、すぐさま「新南向」政策を打ち出した。
 民進党政権は、中国共産党との関係が微妙である。蔡英文総統は、未だ「92年コンセンサス」(「一中各表」=「一つの中国。中国側は中華人民共和国を『中国』とし、台湾側は中華民国を『中国』とする」)を認めていない。そこで、習近平政権は、台湾経済へ打撃を与えようとして、中国人観光客の訪台を制限している。
 以上のように、頼清徳新首相の航海は、決して楽観は許されないだろう。
 ところで、目下、柯文哲台北市長(無所属。民進党に近い)も人気が高く、台湾政治では侮れない存在となっている。
 今年8月下旬に台北市で開催されたユニバーシアードでは、台湾チーム(中華隊)は、金メダル数においても日本、韓国に次いで、第3位だった。また、メダル総数においても台湾チームは、日本、ロシアに次いで第3位と大健闘した。
 2017年台北ユニバーシアードは成功裏に終わり、柯文哲市長の名声は更に高まっている。
 仮に、2020年の総統選挙を見据え、柯文哲市長が自ら新党を立ち上げるか、或いは(民進党に近い)「時代力量」に合流すると、与党・民進党にとっては脅威になるかも知れない。
 他方、最大野党・中国国民党(以下、国民党)は、「中台統一」の看板を下ろし「台湾国民党」(国民党の更なる“台湾化”)へ脱却しない限り、2度と政権へ復帰するのは難しいだろう。
 その最大の理由は、SNSの発達で、「自分の故郷が大好き」な若い有権者が増大したためである。今の若者に対して、かつて国民党の十八番だった旧メディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等)を駆使した台湾住民への“洗脳”が出来なくなった。
 今後も彼らは、中国大陸からやって来た“外来政権”である国民党には決して親近感を覚える事はないだろう。