澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -245-
北朝鮮問題をめぐる中国の思惑

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年) 9月15日、アンドレイ・ピンコフ(平可夫。カナダ在住の軍事評論家。本名は張毅弘)が『世界の声』(フランス国際放送局「ラジオ・フランス・アンテルナショナル」RFI)で「なぜ中国は北朝鮮に対して原油禁輸という奥の手を使おうとしないのか?」という興味深い記事を書いているので、要旨を紹介したい。
 2014年以来、中国は北朝鮮への原油輸出量を公表していない。昨2016年、北朝鮮は、毎日1万5000バーレルの原油を消費している。この北朝鮮への大部分の原油は中国からの輸入である。
 中朝間には、中国・丹東市から地下を通じて原油パイプラインが敷かれている。その距離は約30キロメートルである。2015年、中国石油は、このパイプラインで、年間52万バーレルの原油を北朝鮮へ送る事ができると発表している。
 北朝鮮へ運ばれた原油の大部分は、北朝鮮軍で使用されるか備蓄される。そして、主に核・ミサイル開発に利用される。北では軍と政府機関が中国から輸入される原油を使用しているので、一般民衆にはまず原油は届かない。
 短期的には、北朝鮮への原油禁輸は、北の核・ミサイル開発計画にはすぐに影響は出ない。北朝鮮軍は、各自、戦略的原油備蓄庫を持つからである。しかし、一般民衆にはその影響が大きい。彼らは、石炭や木材を燃料としなければならなくなる。
 たとえ北朝鮮への原油禁輸が行われても、平壌政権はすぐに崩壊する事はない。けれども、時間の経過とともに、軍事計画に資する燃料が欠乏するため、軍用車、ミサイル発射台、飛行機等は皆、重大な影響を受ける。
 専門家の間では、もし北朝鮮に対する全面的原油禁輸が行われたら、最終的に、金正恩政権にとって致命的一撃になるのは間違いないと考えられている。
 中国が北朝鮮への原油禁輸に積極的ではないのは、北が突然崩壊する事を恐れているからである。第1に、大量の北朝鮮難民が中国へ溢れ出る。第2に、米軍指揮下で朝鮮半島統一が実現される。特に北京は、後者を見たくないだろう。
 もしも、北朝鮮に対する原油禁輸が包括的に行われるのなら、対話による北朝鮮の核問題解決の機会は“まぼろし”となるだろう。
 その他、北京政府が恐れている事は、中国が北朝鮮に対して原油禁輸を行えば、平壌は北京に対し激怒するだろう。その際、地政学的情勢が変化する。平壌が北京に相談する事なく、勝手に米国と単独で話し合うかも知れない。
 一方、技術的問題もある。一旦、北京が北朝鮮に対する原油輸出を停止したら、1975年に竣工した中朝石油パイプラインには錆が生じ、修復が困難になるだろう。
 以上が、ピンコフのコラム概要である。
 『蘋果日報』2017年9月11日付によれば、北朝鮮の核・ミサイル開発計画は11億米ドル(約1210億円)から32億米ドル(約3520億円)のコストがかかると、韓国は推測している。だが、日米韓の3国に対して、日常的に不安を与えるのだから、絶対的に安価な投資かも知れない。しかし、核を保有すると、その維持や研究開発等にかなりの費用がかかる。
 国際反核組織である「Global Zero」は、2011年、北朝鮮が核武装した際、7億米ドル(約770億円)かかったと推計している。同年、米国の核関連予算の613億米ドル(約6兆7430億円)と比べると、北朝鮮は米国の後ろ姿さえ見えない。
 2011年、北朝鮮の国内総生産(GDP)は、124億米ドル(約1兆3640億円)だった。核武装するだけで、全国5.6%の生産力を奪っている。そこには、中長距弾道弾や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、それに100万人以上の北朝鮮軍を養う費用は計上されていない。
 けれども、昨2016年、北朝鮮の経済は3.9%も伸びた。2000年来、最高を記録している。韓国中央銀行は、北のGDPの伸長は、「灰色経済」活動(例えば、模造品製造、ドラッグ、ニセ札、軍備の輸出、労働力の輸出、物々交換等)によると見做している。これらの経済活動で北は外貨を獲得しているのではないか。
 さて、9月9日は北朝鮮の国慶節である。当日、平壌は弾道ミサイル試射や核実験を行わなかった。その日、ロシア・インド・キューバ・ラオスは、北朝鮮へ祝電を送っている。だが習近平政権は、金正恩政権に祝電を送っていない。
 それどころか、9月6日、『南華早報』は、「習近平は北朝鮮向け原油供給停止を一部同意する公算がある」との記事を掲載した。これは、明らかに習近平主席による金正恩委員長に対する牽制だと考えられる。