澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -259-
中国「サプライサイド経済学」の矛盾

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2017年)10月、中国では「19大」が開催された。その初日、習近平総書記(兼主席)が「政治報告」を行っている。その中で、習主席は「サプライサイド経済学」を謳っていた。けれども、習政権の経済政策には幾つもの矛盾があるのではないだろうか。
 「サプライサイド経済学」とは、(1)法人税の減税(2)(民間から投資を促すための)規制緩和(3)国有企業の民営化(4)新規産業の創出などの政策によって、経済発展を達成しようとする。
 第1に法人税の減税。
 最近、世界銀行は世界190の経済体を比較した『Doing Business 2017』(ビジネスのしやすさを数値化してランキング)を発表した。その中で、中国企業の「総合公的負担率(Total Tax Rate)」は68.0%としている。米国の44.0%、ドイツ・日本の48.9%と比べ、大幅に上回る。
 一般に「総合公的負担率」とは、法定実効税率(法人税・法人住民税・事業税)負担に固定資産税やその他の税負担を加える。更に、社会保険料事業主負担も含めて合計する。
 周知のように、(2008年の税制改革以降)中国の法定実効税率は25%である。だが、「総合公的負担率」だと68.0%にも及ぶ。これでは、企業のインセンティブが失われかねない。
 昨2016年12月、福耀玻璃集団(世界シェア20%を誇る自動車ガラスメーカー)の曹徳旺会長が、中国は税負担が重いので、比較的税の軽い米国(オハイオ州)に10億米ドル(約1140億円)投資して自動車ガラス工場を建設すると発表した。この発言が中国国内で物議を醸した事は記憶に新しい。
 実は、愛国的な曹会長は国内の慈善事業に対して非常に熱心であった。しかし、その発言を契機に、世論(共産党が主導か?)の曹会長に対する風当たりが強くなっている。香港の大立者、李嘉誠が同地の不動産を売り払った時と同様、「曹徳旺を(海外へ)逃がすな」という論調が現れた。
 結局、習近平政権は「総合公的負担率」を徐々に引き下げない限り、民間企業は次々と海外に進出するのではないか。場合によっては、優良な国有企業が海外へ逃げても不思議ではないだろう。
 勿論、外資も(利潤の少ない)中国での企業活動意欲を失い、もっと条件の良い国へ移って行くに違いない。
 第2に、規制緩和。
 もし、習近平政権が「サプライサイド経済学」を信奉するならば、国有企業や民間企業に対し、規制緩和を行わなければならない。だが、逆に、北京政府は、企業に共産党組織を立ち上げ、規制強化を行っている。
 驚くべきは、各企業の重要事項は共産党が決定するのだという。同党はいつでも経営的に正しい判断ができるというのだろうか。
 言うまでもないが、共産党の“無謬性”は単なる「神話」に過ぎない。同党は1950年代末から60年代初めにかけての「大躍進」運動、1966年から76年までの「文化大革命」、1989年の「6・4天安門事件」等でも、度々大きな“過ち”を犯している。その度に、多くの人々が犠牲になった。それにもかかわらず、共産党は反省する様子がない。
 第3に、国有企業の民営化。
 普通、「サプライサイド経済学」では、資源を公共部門から民間部門へ移すよう努める。けれども、習近平主席は、国有企業がお気に入りのようである。そのため、民間企業に比べ、はるかに非効率な国有企業の巨大化を目指している。目指す方向が180度反対ではないか。
 第4に、新規産業の創出。
 本来、「サプライサイド経済学」では、政府は新規産業創出を支援する。そのためには、自由な発想が求められよう。そのツールとしてインターネットが活用される。
 ところが、習政権はインターネットを規制して、情報のフローを制限している。そのため、人々の自由な発想、企業の自由な経済活動を妨げているのではないか。これでは、新規産業の創出は難しい。
 以上のように、習近平政権は「サプライサイド経済学」を標榜しているが、実際は、マーケットを軽視して「国家資本主義」を目指している。このような環境下では、今後、中国の経済成長は望めないだろう。