澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -264-
東京中野での中国人留学生身代わり殺害事件

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 昨年(2016年)11月3日0時18分頃、東京都中野区中野6丁目で中国人男子留学生(陳世峰)が同女子留学生(江歌)を殺害するという事件が起きた。
 同年4月、陳世峰(25歳。陝西省定辺県出身)は、大東文化大学大学院中国語研究科に入学した(2013年、華僑大学中国文学部を卒業)。陳は、劉鑫(山東省青島市出身)という同じ大学院に通う女子院生(日本言語文化学専攻)と翌5月上旬頃から板橋区で同棲を始めている。
 ところが、3ヵ月ほど経った8月下旬、劉鑫は陳世峰と別れて陳のマンションを出た。そして、翌9月2日、山東省青島市出身の江歌(24歳。日本文化を愛する法政大学大学院1年生)と中野区中野で暮らし始めたのである。
 もともと江歌と劉鑫は、2015年、日本の語学学校で知り合った。たまたま、劉鑫と江歌の実家は青島市にあり、約10キロしか離れていなかったのである。
 陳世峰は、劉鑫に対し未練があったので、陳は劉を脅迫し、ストーカー行為をしている。一方、劉鑫は、陳世峰とは別れたがっていた。
 事件前日(11月2日)午後、陳世峰は、突然、劉鑫が1人でいる中野のマンションへやって来た。そこで、劉鑫は江歌にWeChat(微信)でどうしたら良いか相談した。江歌は警察に連絡したらとアドバイスしている。だが、劉鑫は江の提案に同意しなかった。
 江歌が中野のマンションに戻り、直接、陳世峰に帰って欲しいと頼んだ。その時、マンションの外で、江歌と陳世峰は言い争いをしている。直後に、江歌は授業へ出かけた。他方、劉鑫はアルバイトへ行っている。
 その夜、劉鑫は江歌に一緒にマンションへ帰って欲しいと頼んだ。そこで、江歌は東中野駅で劉鑫の帰りを駅近くの喫茶店で1時間以上待っていた。その間、江歌は母親(江秋蓮。江歌の両親は彼女が1歳の時、離婚したため、江姓を名乗っていた)とずっとWeChat(微信)でやり取りしていたのである。
 2人が中野のマンションへ戻ると、陳世峰が待ち構えていた。劉鑫は着替えをするために、先に部屋に入った。そこで、江歌がマンションの外で陳世峰と話をした。
 両人は再び口論となり、陳世峰は刃物(全長19.5センチの果物ナイフ)で江歌を胸など10ヵ所以上刺した。江はすぐに病院に運ばれたが、出血多量で死亡している。
 劉鑫は、その間ずっとマンションの部屋にいて、警察が来たのち、漸くドアを開けている(劉鑫は江歌を部屋に入れないように、わざとドアに鍵をかけていたのではないかと疑われている)。
 11月7日、警察は陳世峰を劉鑫に対する脅迫の容疑で逮捕した。その後、警察は陳が江歌殺害に関与した疑いもあるとして、同24日、陳を殺人容疑で再逮捕している。翌12月14日、東京地検は殺人罪で陳世峰を正式に起訴した。
 事件直後、劉鑫は江歌の母親に「おばさん、ごめんなさい。私、どのように応対したら良いのかわからないわ」とWeChat(微信)に綴った後、劉鑫は江秋蓮との面会を拒否し、行方をくらました。江秋蓮は、何度も劉鑫に連絡を試みたが、音信不通となっている。
 今年(2017年)元旦に、劉鑫は友達に囲まれ、満面の笑みをたたえた写真を微信のプロフィールとしてアップした。5月21日、江秋蓮は、ついに意を決し、非常手段に出た。
 劉鑫や家族の住所や携帯番号、身分証明書等をインターネットに公開したのである。その2日後、劉鑫の両親(父、劉発春。母、任淑峰)は電話で「個人情報をネットに晒すのはプライバシーの侵害だ。所詮、あなたの娘さんは短命だったのよ」と江秋蓮に言い放った。
 多くの中国人ユーザーは江歌の母親に同情し、劉鑫を徹底的に非難した。結局、今年8月、劉鑫は“ネット世論”に促され、漸く江秋蓮の前に現れ、涙ながらに謝罪したのである。
 今月11月、江歌の母親、江秋蓮の代理人弁護士(大江洋平弁護士)は、陳世峰が江歌を殺害した事は認めているが、凶器は自分が用意した物ではないと主張していると公表した。陳は、刃物は江歌が携帯していたと言って、計画的犯行を否認している(犯行に使用された凶器には、江歌の指紋が一切付着していないという報道もある)。
 我が国の司法制度では、陳世峰が死刑になる可能性は殆どない(懲役15年~20年程度の判決か)。そこで、今月11月4日、江秋蓮は6度目の来日をし、東京池袋の西口公園で、陳世峰の死刑を訴える署名活動を行っている(ちなみに、中国国内では、陳に死刑を求める200万人の署名が集まっているという)。
 来月12月11日、東京地裁で「江歌殺人事件」の裁判員裁判の初公判が始まる予定である。裁判の過程で、様々な事実が明らかになるに違いない。