澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -266-
馬英九前総統の「慶富造船事件」関与疑惑

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 現在、馬英九前台湾総統が「慶富造船事件」に関与した疑惑が浮上している。
 1989年、慶富造船(以下、慶富)は、陳慶男によって高雄市旗津区に創立された。慶富は本業の造船以外に漁業経営、タンカー輸送、魚産物貿易、衛星情報、オートバイの製造等を手掛けている(2002年、慶富は陳慶男の父親、陳水来が1965年に創業した豊国造船公司と合併した)。
 2014年、慶富造船は台湾海軍の掃海艇6隻の製造を落札、受注した。総額358億台湾元(約1324.6億円)の大型プロジェクトである。しかし、慶富は資金不足のため、兆豊国際商業銀行、台湾銀行、合作金庫銀行等に融資を依頼したが、全て断られた。
 翌15年8月、慶富の陳慶男理事長は、馬英九総統(当時)に手紙で支援を要請した。その際、馬総統は第一商業銀行に対し、慶富への融資斡旋を行った疑いが持たれている。
 2016年2月4日、慶富は第一商業銀行及び8行等と“シンジケートローン”(複数の金融機関がシンジケート団を組織し、一つの融資契約書に基づき同一条件で融資を行う資金調達手法)に関して、205億台湾元(約758.5億円)にも及ぶ正式契約を行った。それらの銀行は、慶富への融資に対して気が進まなかった。だが、国民党政府の圧力で、仕方なく融資に応じたという。
 今年(2017年)6月、慶富は、再び総統府に資金援助を要望した。けれども、民進党政府はそれを断っている。
 10月下旬、第一商業銀行は慶富が支払い不履行に陥ったと公表した。その調査過程で、第一商業銀行の慶富に対する30億台湾元(約111億円)の不正融資が発覚している。
 奇妙な事に、2015年1月から翌16年12月にかけて、慶富から25回に亘り、シンジケートローン中、49.33億台湾元(約182.5億円)が5社の海外サプライヤー(OCEAN KIRIN LIMITED、Antai Zun Capital Limited等)に流れている。その後、13億台湾元(約48.1億円)が慶富の国内関連企業口座(慶〇公司、慶〇水産株式有限公司、慶〇投資株式有限公司等)に戻って来た。マネーロンダリングの疑いが濃い。
 実は、馬英九政権(2008年5月~2016年5月)時、陳慶男とその息子らが屡々、総統府を訪れている。馬英九総統と陳慶男の密接な関係は、(馬総統が再選された)2012年1月の総統選挙頃からだという。総統府の記録は以下の通りである。
 (1)2010年11月、台北国際フラワーフェア開幕時、馬総統による昼食会に、陳偉郎(陳慶男の長男)と陳偉志(陳慶男の次男)夫婦が出席した。
 (2)2013年3月、馬総統による昼食会にツバル国首相が臨席したが、陳慶男夫婦と陳偉志夫婦も出席している。
 (3)2015年12月8日、馬総統による昼食会にナウル共和国大統領が列席したが、陳慶男夫婦も出席している。
 (4)翌9日午後、陳慶男が総統府副秘書長の熊光華を訪問した。
 (5)同月29日、呉敦義副総統による夫婦同伴昼食会に、グアテマラ共和国副大統領が臨席したが、陳慶男夫婦も出席している。
 (6)2016年9月、午前から午後にかけて、陳慶男と陳偉志が総統府第三局李南陽局長と新南向政策弁公室黄志芳主任を訪問した。
 ところで、仮に、馬前総統が“政治介入”した疑いで起訴されたとすれば、李登輝元総統、陳水扁元総統の起訴に続き、(退任後)3人連続総統起訴となる(因みに、蔣介石総統は1975年4月、息子の蔣経国総統は、1988年1月に、共に現役総統の身分のまま、死去した)。
 順序は前後するが、陳水扁前総統(当時)は、2008年11月、総統府機密費流用及びマネーロンダリングなどの容疑によって、検察に逮捕された。結局、2010年11年、陳前総統は、最高裁によって、工業団地建設に絡む収賄で懲役11年、罰金1.5億台湾元(約5億5500万円)の刑を言い渡された(その後、陳前総統は2015年1月、体調不良のため釈放されている)。
 次に、2011年6月、李登輝元総統は総統在任中、国家安全局から自身の創立したシンクタンク「台湾総合研究院」の運営資金として780万米ドル(約8億5800万円)を流し、一部を着服した等の罪で検察に起訴された。しかし、2013年11月、李登輝元総統は、台北地裁で無罪が言い渡されている。
 周知のように、韓国では、(暗殺された朴正熙大統領以降)多くの歴代大統領は退任後、本人や一族・側近等が起訴されてきた。大統領が変わる度に、前大統領ないしはその一族・側近が逮捕・起訴されるという事態に陥っている。今後、台湾総統も、退任後、韓国大統領と同じような命運を辿るのだろうか。