澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -268-
11・18北京大火と「排華事件」

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2017年)11月18日夜9時すぎ、北京大興区紅門鎮新建村で「低端人口」(下層出身者)が居住する地区で大火事が発生した。
 約400世帯の住む聚福縁アパート(地下1階、地上2階)が焼け落ちている。その火事で19人(8人の子供を含む)が死亡した。また、8人がケガを負っている。
 同アパートは、地下1階は冷凍倉庫、1階は主に商店や飲食店など、2階が住居という構造になっていた。総面積は約8300平方メートル、305の部屋があった。
 地下1階の冷蔵庫が火元とみられ、瞬く間に煙が2階まで到達した。
 新建村には、およそ82の服装制造企業が存在する。焼失したアパートに住んでいた臨時工らは、近くの工場で働いていた。
 北京は地価の高騰で、下層の人々には住みにくい都市になっている。聚福縁アパートは、部屋は狭いけれど、家賃が安かった。部屋によって家賃が400元(約6800円)から700元(約1万1900円)と違っていた。3ヵ月前に同アパートへ引っ越して来た住人の話では、約10平方メートル(約6畳)で家賃が600元(約1万200円)だった。
 北京市政府(今年5月、習近平主席に指名された蔡奇がトップ)は同月24日、「低端人口」に対し、2日以内に北京から退去するよう要求した。そのため、数万人から十数万人の「低端人口」が北京からの退去を余儀なくされている。
 北京市内に住む「低端人口」が同市の発展を支えてきた。それにも拘らず、市政府は彼らを寒空の下へ追いやったのである。
 そこで、今回の北京市政府の「排華事件」(かつては、海外で政府が中国人を排除した事件を指した。有名なのはインドネシアでの「排華事件」。だが、近頃は、共産党政府が自国の中国人を排除する場合でも使用される)は、1938年、ナチス・ドイツ下で起きた「水晶の夜」事件と対比される。
 同事件は、同年11月9日夜から10日未明にかけて発生した反ユダヤ暴動である。ユダヤ人居住住宅地区やシナゴーグ(いわゆるユダヤ教会)などが襲撃された。79人が犠牲になっている。
 よく知られているように、「水晶の夜」の名称の由来は、襲撃された家の窓ガラス等が割れて、月明かりに照らされ、キラキラ光っていたからである。
 事件2日前、ポーランド系ユダヤ人、ヘルシェル・グリュンシュパン(17歳。一家がドイツ政府によって追放された)が、パリのドイツ大使館へ赴き、書記官を射殺した。それが事件の引金になっている。
 昨今、中国では「低端人口、中端犬儒、高端禽獣」と言い方が流行っている。「低端人口」とは、既述のように下層出身の労働者を指す。このタームは彼らを蔑視した言い方だという。「中端犬儒」とは、中間層の行動様式を指す。彼らは皮肉屋で、人を信用せず、他人には無関心である。近頃、園児虐待事件が発覚した北京紅黄藍幼稚園は、中国国内では、「中端」つまり中間層向けという評価である。
 他方、「高端禽獣」とは、特権階層がモンスターとなり、貧困層を搾取しているというイメージではないか。
 さて、2012年に発表された郝景芳(当時、清華大学大学院生)のSF小説『北京折叠』(英語のタイトルは“Folding Beijing”)が興味深い。同作品は、昨2016年、第74回ヒューゴ・アワード(Hugo Award)中短編小説最優秀賞を受賞した。
 郝景芳は、清華大学で物理学を、同大学院の修士課程では天体物理学を学び、その後、同大学院で経済学博士号を取得している。
 小説の中では、未来の北京(高速道路の北京六環路内)には、3つの空間が存在し、2日48時間サイクルで回っている。
 特権階層500万人は、住みやすい第1空間で、48時間の半分の24時間(朝6時から翌朝6時まで)を享受できる。そのあと、2500万人の中間層は、第2空間で16時間(次の日の朝6時から夜10時まで)を使用できる。
 5000万人の下層は、ごみごみした第3空間で、48時間中たったの8時間しか持たない。特権階層500万人は24時間を楽しみ、残りの7500万人が24時間をシェアする。
 第3空間に住む下層のうち、2000万人がゴミ作業員であり、残りの3000万人が洋服・食料品・燃料・保険等を販売している。
 刀という姓の主人公(48歳独身)は、第3空間に住むゴミ作業員だった。その刀が第2空間の大学院生、秦天のため、危険を冒して第1空間の住人、依言(人妻)へラブレターを届けに行くというストーリーである。各空間の異動は厳しく制限され、捕まると刑務所に入れられる。
 郝景芳はSF小説という形式で、今の北京の状況をリアルに描写しているのかも知れない。